第二十話 【伸】

 拠点を確保し、周囲を探索する僕らは道なき森を行く。

 無事に虫型の魔物、ビートビートルを打倒しエイムが『甲化』を手にすることができたわけだが、僕らは一つ、大きな問題に直面していたのだった。




「ぜったいこっちみちゃダメだからね!」


 森の中を流れる川を背に立つマオ。その身体はビートビートルを倒した際に黄緑の体液を浴びていた。そのままにして活動するわけにもいかないだろう。僕らは昨日見つけた川へ水浴びに寄ったのだった。水浴びをするには当然服を脱がなければならないが、ここは異世界だ。都合よく視界をふさぐ衝立のようなものは存在しない。


「ひゃはは。別に見ないって」


「うう……ニイト。マスミさんの事、ちゃんと見張っててね」


「別に胸とかを手で隠せばいいだろ、ってうわ!? マオ、あぶねえじゃねえか」


 『身体強化』で強化された投擲力で打ち出されたこぶし大の石がニイトのこめかみを掠め後方へと飛んでいく。


「女性にそういうこと普通、言うかな?」


「どのみち俺じゃあマスミは止められないって」


「そういう問題じゃないでしょ! 誠意を見せるってことが大事なの!」


「あはは。僕らはちゃんと見ないようにしますから大丈夫ですよ」


「うう。エイムさん。頼むからね」


 顔を真っ赤にしたマオの言い草に苦笑いを浮かべる僕らは川にマオを残し、ニイトの探知が及ぶぎりぎりの地点まで移動する。


「でも、笑い事じゃなく風呂はどうにかしないとな」


「衛生面が心配ですよね。衣服は……亡くなった方の物をかりましょう。これからは毎日水浴びをした方がいいですね」


 川を背にし僕らは地面に腰を下ろす。実際には木々が折り重なっているため五メートルも離れれば互いに視認できなくなるため、どちらを向いていてもいいのだが、一応マオに配慮は必要だろう。


「ひゃはは。それなら俺様、今から水浴びしてくるよ」


「……わざわざツッコマないからな」


「別に冗談で言ってるんじゃないんだけどね、まあいいや。待ってる間はどうする? 魔物でも探しに行こうか」


「あのなあ……マオを置いていくつもりかよ」


 マスミの軽口に僕はため息をつく。マスミもさすがに冗談で言ったのだろう。顔を見ればその口元はにやりと歪んでいる。


「でも、女神さまもひどいよね。どうせ体を作り替えるなら洗浄機能とかいった便利機能を付けといてくれればいいのに」


「フフフ。私たちはロボットか何かですか? さすがに寝ている間にサイボーグにされていたんじゃ私だったら驚きますよ」


「いや、驚くだけじゃすまないだろそれは」


 借り物の体という意味ではこの体も機械と変わらないのだがやはり人型であるかどうかというのは大きい。いきなり機械の体で転生させられた日には流石に女神の事を恨むだろう。


「えー。いいじゃん。機械の体。強そうだし。そうだ! 【鉄】とか【金】とか、それっぽい因子を取り込めばスキルで再現できないかな」


「外見だけなら可能でしょうが、完全な機械化は無理じゃないですか」


「うーん。やっぱりそうだよね。もしできたとしても何か体に不具合起きそうだし。うーん。やっぱりロマンはロマンにとどめておくべきなのかな」


 マスミはつまらなさそうに唇を尖らせる。だがマスミの言うことも分かる。便利機能はまだしもせめて武器になる機構は付けてくれても良かったのではないか。

 スロットなんて機構を付けることができるくらいなのだ。体をいじれないというわけではないだろう。


「もしかしたら女神も自由に身体をいじれるわけではないのかもしれませんね」


「? どういうことだ」


「私たちの体は何かベースとなる物があって作られたのかもしれません。考えられるのは異世界人類の体がベースとなっているのではないかと」


「そうすると、異世界人って言うのも僕たちと見た目が変わらないのか」


「その可能性があるというだけですけどね」


「じゃあ。俺様達が異世界人類と同じ見た目ならうまくすれば異世界人を騙ってコミュニティの中に入り込めるかもしれないね」


「うーん。それは難しいのではないでしょうか」


 マスミの言葉にエイムは首を横に振る。


「異世界人類は私たちの世界を侵略してきている相手です。当然私達、転生者インベーダーの存在も知っているでしょう。ならば当然対策もされるでしょうし、この世界には私たちにとって未知の魔法という概念があるそうです。私の『鑑定』スキルでも簡易的に異世界人類と転生者の識別ができるぐらいですから、異世界人も転生者を識別する手段を持っていると考えるのが自然でしょう。気付かれずに接触するというのは難しいと思いますよ」


「異世界人か。実際どんなのだろうね。魔法とかにはちょっとわくわくするところがあるんだけど」


 異世界人に魔法という概念。僕らにとってどちらも脅威であることは間違いないのだろう。だが、魔法と聞けばやはり期待してしまう気持ちもあるわけで。

 僕らはどんな魔法があるのか想像を膨らませ、語り合った。




「みんな、お待たせ!」


「では、参りましょうか」


 水浴びを終えたマオが合流し僕らは行動を開始する。

 すでに拠点からは距離がある。帰り道が分からなくなってしまわないよう僕らは進む方角を決め、途中途中の木に石で目印を記しながら進んだ。

 太陽に似た恒星はすでに天高く上がっており、時間経過を教えてくれる。魔物の待ち伏せに備え『探知』だけに任せず周囲を目視で注意深く探りながら僕らは森の中を進んでいった。


 今まではほとんど魔物と出会うことなく来たが、探索を再開すると『探知』に魔物の反応が引っ掛かる頻度が増えた。ただしほとんどの魔物は集団で行動しているようで、その例に含まれないものは発する音の大きな、すなわち巨体の魔物であった。まだ地形に慣れていないこの段階で群れを作る魔物と戦うのは分が悪いと僕らは魔物の反応を避けながら戦いたすい個体を探していく。


「おっ。単独行動の魔物を発見したぞ。サイズも俺達よりずっと小さい」


「よし、慎重に近づこう」


 音を殺し木々をかき分け進む。草に体を隠したニイトが指をさした先にいたのは緑色の魔物だった。


「おっ、弱そうじゃん! 俺様がサクッと狩ってくるよ!」


「バカっ、マスミ、早まるな」


 マスミの独断専行。接近に気付いたのであろう、こちらを向いた魔物の二つの目がギョロとマスミをとらえる。

見た目は蛙だ。眼窩から突き出た眼球に、横に長い大きな口。緑色の体表は湿っているのかヌメリを帯びている。

 見る間に詰まる距離。あと数歩というところまで来たところでマスミの上体が大きく傾いた。


「うお、危なっ!?」


「マスミ大丈夫か!」


 魔物の口元に一瞬見えた赤。何が起きた? 明らかに魔物の攻撃があったのだろう。僕らは草むらから飛び出しマスミの援護に向かう。


「こいつ口から何か発射したよ! 『回避』が間に合ったから何とかなったけど、危なかった!」


「エイム、頼む」


「はい!」


 草むらからエイムが顔を出す。エイムの『鑑定』は対象物との間に障害があると精度が下がるのだ。しっかりと魔物の姿を視界に捉えたエイムがスキルを発動させる。


「名前は吊りハングドフロッグ。伸びる舌で敵を攻撃、さらには舌で枝につかまり高速で移動することができる魔物です。因子は【口】に【粘】、【筋】に【伸】が装填されています。【粘】により唾液が粘性を持っており、それにより伸ばした舌に吸着させ、獲物を捕食するようです」


「じゃあさっきの攻撃は」


「ええ。伸ばされた舌による攻撃でしょう」


 目で捉えられないほどの速度。当たれば相当なダメージだろう。すぐに『硬化』を発動させる僕とエイムは臨戦態勢を取る、が。


「まあまあ。みんな、ここは俺様に任せてよ」


 僕らの前に立ち、行動を手で制したのはマスミだった。行動の真意を測りかねる僕はエイムと顔を見合わせる。


「マスミさん、まさか一人で戦うつもりですか?」


「もちろんそうだよ。目で捉えられない程の速度ね、種が分かれば楽勝さ!」


 ハングドフロッグから目を話すことなくそう豪語するマスミ。その自信に満ちた態度に僕らは不安を覚える。ハングドフロッグは草陰から登場した僕らに警戒しているのか動きを止め、じっとこちらを見つめている。

 襲い掛かるなら今がチャンスだ。僕はマスミに声をかける。


「舌による攻撃なら一方向にしか対応できないはずだ。僕らで取り囲んで一斉に襲えば倒せると思う。マスミも協力してくれ」


「そんなことしてる合間に逃げちゃうよ。俺様に考えがあるから、みんなはそこで見てて!」


 僕らに向け強い口調をぶつけるマスミ。考えがあるって? 一体どんな作戦なのだろうか。今、マスミに反発したところでハングドフロッグを取り囲む前にマスミは飛び出して行ってしまうだろう。今はマスミを信じるしかないか。僕は諦めて足を止める。


 見つめ合うマスミとハングドフロッグ。緊迫の空気が流れる。


 マスミが持つスキルは『操身術』と『回避』だ。先ほどのやり取りを見れば確かにハングドフロッグの攻撃を避けることが可能であり、やられる可能性は低いだろう。ただしそれは相手から距離がある場合の話だ。マスミが遠距離攻撃手段を持っていない以上、攻撃を加えるには接近する必要がある。いくら反応速度があがろうとゼロ距離からの攻撃では避けようがない。

 では相手に攻撃をさせ回避。次弾が飛んでくる前に接近するのはどうだろうか? いや、仮に相手が連射できるとしたら作戦は崩壊する。


「エイム。ハングドフロッグは連続して舌を伸ばすことはできると思うか?」


「『鑑定』ではそこまで分かりませんね。ですが人間で考えれば舌の出し入れに制限があるとは思えませんし、可能だと考える方が良いのではないでしょうか」


 エイムの言葉を受け脳裏に悪い予感がよぎる。慌てて口を開こうとしたその時、事態が動いた。


 突然の風切り音に僕は慌てて視線を動かす。僕の目がとらえたのはハングドフロッグから延びた舌をつかむマスミの姿であった。


「あひゃひゃ。『回避』スキルの効果は反応速度の向上さ。避けるだけじゃなくこの通り、弾道を予測できていれば目で捉えきれない速度の攻撃だって捕まえることだってできるんだよ」


 自慢げにハングドフロッグの舌をつかむ腕を上げるマスミ。唯一の攻撃手段を奪われたハングドフロッグは舌を引っ込めることもできずその場で動けなくなっている。体制が苦しいのか体はわずかに震えていた。


「じゃあ、このまま舌を引き抜いて「マスミさん! 早くその舌を離してください!」


 突如大声を上げるエイム。けれどもその忠告は間に合わなかった。


「へっ?」


 マスミが突如つんのめる。マスミ自身は呆けた顔をしているが傍から見ていた僕には原因は明白であった。マスミがつかんだことで引き延ばされたハングドフロッグの舌。当然それには縮もうとする張力が常にかかっているわけだ。片方をマスミが固定している以上、その張力を解消するためにはもう一方の支点がマスミに近づくしかない。つまりは自らの舌の張力に耐え切れなくなったハングドフロッグが力の方向に引っ張られたのだ。そして、その先には当然マスミが居り、結果。


――ずどーーーーーーーーーん


 ハングドフロッグの直撃を受けたマスミの身体が宙を舞った。






「おーい、マスミさーん。大丈夫ですかー」


「うっ、痛った。いったい何が起こったのさ?」


 まるでコメディのようにきれいに吹き飛んだマスミはけれども、その体に大したダメージは無いようだ。『操身術』と『回避』を持つマスミである。無意識のうちにスキルにより衝撃を殺したのだろう。

 立ち上がったマスミは痛むのか頭を押さえている。僕はマスミに肩を貸す。


「ともあれ無事メダルを獲得できたわけですね」


 エイムが拾い上げたのは地面に転がるメダルであった。ハングドフロッグはマスミとぶつかった衝撃で意識を失っており、硬化させた拳をたたきつけ倒したのだ。


「書かれている因子は【伸】ですか。汎用性の高そうな因子ですね」


「よし。これでますます戦力が拡充できるな」


「うう。俺様が手に入れたんだから、もう少し敬ってよ」


「ああ。マスミもありがとな」


 僕はマスミに気のない返事を返す。そもそもマスミが先行しなければ安全に対処できた可能性が高かったのだ。いたわる必要はないだろう。


 こうして僕たちは新たなメダルを手に入れた。【伸】の因子。誰にスキルを付けるのが適切だろうか。

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