第十八話 【人】

「皆さん、今日も一日よろしくお願いします」


 洞窟の入り口に集まる僕らにエイムが声を掛ける。既に夜は明けており、周囲を覆う木々の間からは日が差し込んで来ている。

 昨日採取した山菜の残りを胃に無理やりねじ込むと、眠い目を擦りながら伸びをする。慣れない寝床で寝たせいか体が固い。僕は腰をトントンと叩いた。


「で、今日はどうするの?」


 洞窟の外から戻ってきたマスミが話に加わる。おそらく用を足してきたのだろう。当然トイレなどは無いため『探知』の範囲内で茂みに隠れてすることになる……僕はあまり気にしないがマオには負担になってるんじゃないだろうか。何か方法を考えないと。


「今日は予定通り周囲の探索をしましょう」


「ふーん。全員で行くの?」


「何か大切な物を保管しているわけでも無いですし、留守番の意味は無いですよね。全員で行きましょう」


 エイムの言葉に僕らは連れ立って洞窟を後にする。




「それにしても不気味な森だよね。女神様ももう少し綺麗な所に送り込んでくれればいいのに」


 道なき道を行く僕ら。地表まで日光が届きづらいため下草はほとんど生えていないことは救いだが鬱蒼と生い茂る木々を避けながら歩くのはしんどいものがある。


「あまり見晴らしが良くても困るだろ。僕らはこの世界にとっての敵性生物なんだから。そういう意味じゃあ森の中に贈られたのは良かったな。食べ物も探せば見つかりそうだし」


「そう。重要なのは食べ物だよ! もう草だけの食事なんてやだからね」


 僕の言葉にマオが呼応する。思い起こされる草の味は……うん。改善を希望する。


「『鑑定』で探してますが今のところ食用の植物は見つかりませんね」


「リビングウッドは食用の実を付けますが『探知』に引っ掛かりませんし、松明を持っていますから恐らく襲ってこないでしょう」


「うう。みんな、頑張ろ!」


 マオの声に僕らは頷く。草だけの食事は栄養的にも心配である。まあ、異世界に来て新しく体が作り変わっているのだ。今まで通り生命活動に栄養がいるとも限らないのだが、摂らずに活動を続けられる道理もない。

 僕らは当てもなく洞窟の周囲の探索を開始する。




「えっ……ねえ、これって」


 道中、先頭を行くマオが立ち止まる。何かあったのか? 僕が回り込むと、マオは地面を指さし固まっていた。


「マオさん、何かあったのか?」


「う、うん。これ、もしかして」


 マオの指さす先。そこにあったのは、不自然に地面に置かれた五人分の衣服だった。


「この服、どう見ても俺様達の世界のデザインだよね」


「なっ!? つうことは、俺達と同じ転生者インベーダーがこの近くにいるってことか?」


「この世界の服のセンスが僕たちの世界の物と同一である可能性もありますが、まあ無視してもいい可能性でしょうね。ですが、この近くに転生者がいるとしてどうしてこんな森の中に衣服が落ちているのでしょう」


 エイムは落ちている服の内の一着へと手を伸ばす。何やら英語が所狭しとプリントされたTシャツは僕の体と比べて一回り大きい物だ。エイムがそれを持ち上げると、Tシャツから何かが滑り落ちる。


「うん? これは」


「あっ。これ、メダルだよ!」


「えっ!? ちょっと俺様に見せてよ!」


「ちょっと、マスミさん」


 服から滑る落ちたのは一枚のメダルだったようだ。メダルの言葉に反応し、マスミがエイムに近寄っていく。


「えーっと、何のメダルかな……って、えっ」


「うっ、そんなっ」


「い、いやあああああああああああああああああああああああああああ!」


 マオの叫び。メダルを見たエイム、マスミも動きを止める。


「マオさん? エイム。いったい何があった!」


「サイチさん……これ」


 エイムから渡されたメダル。そこには、【人】という文字が刻まれていた。


「エイム、これって、まさか」


 メダルに刻印された【人】の文字。それの示す意味を直感で感じ取った僕の背中に冷たい物が走る。


「女神の説明ではメダルは“異世界の生物”を倒すことで手に入れることができるということでした。そして私たちの肉体は異世界の環境に合わせ女神により作り替えられたものです。私たちの肉体が異世界の生物に当たるとすれば、ここに【人】の因子を持つメダルが落ちている理由は――この場で誰かが殺されたということです」


「う、うぐ」


 後ろから聞こえてきた嗚咽。すでに胃の中にはほとんど何もないはずだが急速に食道を駆けあがる嘔吐感を感じ、僕はしゃがみこむ。ここで、人が、死んだ? 僕の中をコミの死のイメージが駆け巡る。

 服の数からして死んだのは僕らと同じ五人パーティーだろう。それが全滅した。僕はその事実を前に何とか顔を上げる。


「もしかしたらこの周囲に転生者を殺した魔物がまだいるかもしれない。離れよう」


「ひゃはは、そうだね。ならメダルと、あと服も回収していかないと」


「っ! ……ああ。頼む」


 マスミの申し出に僕は、頷く。死者が出ているこの状況で、あくまでも利を取るマスミの言動にいら立ちを覚えるが、ここで感情に任せにどなったところで何も解決には至らないだろう。生き残りを考えれば、今の言はマスミが正しいのだ。替えの服にメダル。僕らが生き残るために必要なものなのだ。

 僕はマスミを咎めようとする自身の口をつぐんだ。


「全部【人】のメダルだね。五枚も手に入ってラッキーだけど、どうやって使う?」


「そんな考察は後でいいだろう。いいから今はこの場を離れるぞ」


 マスミを引っ張るようにして僕は歩き出す。必要以上に早足になるのを感じながら僕は唇をかみしめた。



 僕らは一度拠点へと戻る。洞窟の床に広げた五着の衣服と五枚のメダルを見て頭が重くなるのを感じた。僕らがこれからこの衣服の持ち主たちと同じ運命をたどる可能性は十分あるのだ。人の死に触れそのまま魔物と対峙しに行く気概は持ち合わせていない。


「結局戻ってきてしまいましたね。ちょうどお昼頃ですし、少し休憩しましょう」


 エイムが率先して腰を下ろすのに合わせ僕らも地面に尻を付ける。洞窟内には陰鬱な空気が漂っていた。


「うう。やっぱりこうして死を突き付けられると、くるものがあるね。みんな魔物にやられちゃったのかな」


「きゃはは。案外仲間割れでの殺し合いだったりして」


「おい、この危機的状況でお互いに足を引っ張り合う道理もないだろう」


「こんな緊迫した状況だからこそ素が出るんじゃない? 優しさってものは自分に余裕があるときにしか持てないものだよね」


「あのなあ!」


「ほら、サイチだってそうやってすぐに余裕をなくしてキレるでしょ? 仲間って言うのは利があるときだけ協力するぐらいの関係でいいんだよ。じゃなきゃ待っているのは共倒れさ」


「マスミさん、サイチさん。仲がいいのは結構ですが喧嘩はよそでやってくださいね」


 マスミの言に言い返そうとした僕だが、エイムに止められる。

 余裕がなくなりすぐにキレる。確かにそうだが、マスミにだけは言われたくはない。


「でも、なんで死体が無かったのかな」


 マオの疑問。確かに現場を見た時には、僕も違和を感じていた。


「服は何か打撃を受けたであろう痕跡は見られますが血の痕がありません。これはどう考えればよいのでしょう」


 森の中で見つけたのはメダルと衣服だけだ。けれども衣服はおろか地面や周囲の木々にも血痕は無かった。死体が魔物に丸呑みされたと考えることもできるが、衣服が残されているのが説明できない。メダルがある以上そこで何者かが死んだというのは間違いないだろうし、いったいあの場で何が起きたのだろうか。


「ファンタジー世界だし、人間が死んだらその死体は光となって消える仕様なんじゃないの? ついでに血も一緒に消えちゃったのさ!」


「私はファンタジーとかあまり読まないから知らないけど、リビングウッドやシープエイプを倒したときには死体はそのまま残っていたはずだよ。人間だけ消えるのはおかしくない?」


「それは俺様達の体は女神様が作ったって言うからね。異世界人に解析されるのを防ぐために死後消える仕様にしたんじゃないの?」


「うーん。結論付けるには情報が不足していますね。“消えた死体の謎”、というとミステリーでも始まりそうな雰囲気ですが、あいにくここはファンタジー世界です。気になることではありますが、今は”これ”の使い道を考える方が優先でしょう」


 エイムが指さしたのは地面に並ぶ五枚のメダルだ。【人】の因子を持つメダル。死んだ転生者が残したものだろう。僕らが生き残るためにも有効活用しなければならない。僕らが見つめる中、マスミはメダルを一枚手に取ると上に掲げる。


「【人】ねえ。なんだか使えない因子だね」


「使えない? どういうことだ」


 マスミの言動に僕は疑問を持つ。最初に僕らが受け取った十一種類のメダル。それらすべてを【人】という因子は包括しているはずだ。弱いはずがないと思うのだが。


「俺様達は人間だよ? “人”が持つ力は最初から使えるわけ。だから機能強化には使えないよね。じゃあ対象を【人】とする、つまりは対人特攻スキルにするにしても今のところ相手は魔物だから意味なし。今後異世界人と戦う段になったら使うことも検討できるけど、今は魔物を想定したスキルを取得するべきだよね」


「……確かに。そうすると、スキルのレベルアップに使うべきか?」


 レベルアップの際に、僕らは追加スロットに加え、スキルのレベルアップ機能も解放されている。メダルを消費して指定スキルを強化することができるらしい。使い道がないならマスミやマオのアタッカーのスキルを強化するのが良いのではないか。


「いや、【人】の因子なんてそうそう手に入るものじゃないでしょ。これは使うときまで取っておこうよ」


 メダルの内の一枚をマスミがポケットへ押し込む。顔を見合わせる僕ら。確かに【人】の因子なんてそうそう手に入るものでは無いのではないか。もちろんできることなら目にしたくもない。それならば異世界人との戦闘を想定して手元に残しておくのもありだろう。


「みなさん、どうしますか?」


「私はマスミさんの意見に賛成かな?普通に考えれば異世界人を倒すまで【人】の因子は手に入らないと思うし」


「ああ。俺もマオがそれでいいなら賛成だ」


「僕も賛成する。エイムはどうだ」


「はい。私も皆さんがそういうのなら異論はありません」


 互いに顔を見合わせた僕らは地面に置かれたメダルを手に取る。たった一枚のメダルだが人一人分の命の重さがあるのだ。僕はしっかりと手に取ったメダルをポケットの中へと忍ばせる。

 吹けば飛ぶような【人】の文字が刻まれたメダル。これが僕らの未来だとすれば悲しすぎるだろう。今回の出来事が僕らの未来の暗示とならないように。僕は決意を新たにする。

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