第五話 スキルの闇2


「いだああああああああああああああああああ! たずげ、だずげて。ぐああああああああああああああああ!」


「うっちー! 痛いの? 誰か来て! うっちーが死んじゃうよ!」


 騒ぎの中心には二人の男女がいた。先ほど見かけた日本人のカップルであり、男の方が地面の上でのたうち回っている。


「何があった? 大丈夫か!」


「う、うう。日本人の方、ですか? 助けて、うっちーが苦しみだして。私何もできなくて」


「ぐぎゃあああああああああ、いでえええええええええええええええええええ!」


 尋常じゃない男の様子。胃袋を被ったような男の見た目は健在であり、スキルは未だ発動し続けているようだ。目元を抑えているところを見ると、まさか自身の産出した酸が目に入ったのか!? 胃壁は分泌する粘液により胃液から溶かされないわけだが、肌に含まれない眼球は粘液に覆われていないということだろう。酸で目を焼かれる痛み。想像を絶するものであろう。


「エイム、この人のスキルを鑑定してあげて」


「わかりました。スキルは、『酸生成』です。皮膚表面から酸を生成するとともに、自身の肌に酸耐性を付与するスキルで、あっ! このスキルもサイチさんのものと同様にスキルのON/OFFが可能なようですよ!」


「ほんとか!? うっちー、さん? スキル解除って念じてみてください!」


「ぐぎゃあああああああああああああああああああああ!」


「うっちーさん! スキル解除です! ダメだ、彼には聞こえてないみたいですよ」


 体をゆすぶり僕たちは男に声をかけるが、男は叫び声をあげるばかりでこちらの言葉に反応する様子はない。一度スキルを解除してしまえばこれ以上の被害を食い止めることができるはずなのに!


 目の前の男は苦悶に悶えている。一体どうすれば彼を助けられる?


「お願い、うっちーを、助けて」


「うぎゃああああああああああ、いだだだだだ、ぐあああああああああああああああああ!」


 目の前の惨状。周囲を囲う人々も言語が違うためかこちらに介入してくることなく事態を見守っているだけだ。今、彼を救えるのは僕らだけだ。落ち着け、考えるんだ。


 メダルに、スキル、女神の提示したルール……っ! そうか!


「あなたのメダルを渡してください!」


「えっ。私の?」


 僕の声掛けに泣き叫んでいた女性が一瞬呆けた表情となる。


「彼を助けたいんでしょう? 早く!」


「う、うん」


 女性からメダルを受け取る。思い返したのは女神が示したルールの一節だった。


『メダルは異世界の生物を倒すことで新たに手に入れること可能ですが、一度装填したメダルは回収することができず、取得したスキルは他のメダルを使い上書きしない限り消すこともできないため取得するスキルは慎重に決めてください』


 僕は男の肌に受け取ったメダルを押し付ける。酸に焼かれ手に走る激痛に顔をしかめるが、構うものか!


「【肌】のスロットに、【耳】の因子を装填っ!」


「ぐがああああああああああああああああああああああああああああ!」


 他人のスロットに、しかも自分のものでないメダルを装填することなど可能なのか。これはある種の賭けでもあった。男の絶叫。僕は目の前で男の中へと吸い込まれていくメダルを見て賭けに勝ったことを確信した。

 





 男はどうやら気を失ってしまったようだ。肌は元の褐色に戻っていたが、瞼はひどく腫れていた。瞼の中はもっと悲惨なことになっているのではないだろうか。もしかすればこれから一生彼の目は見えなくなるかもしれない。

 だが、どうやら命の危機は無いようであった。


「よかった、うっちー死ななくて、よかったよ」


 男に寄り添う女は先ほどから泣き崩れている。ただしその声色から感じるのは安堵の色であった。

 僕は自らの右手を抑えながら男の様子を見守っていた。僕は男に触れる直前スキルを発動させ皮膚を硬化させていたため被害は表皮を焼かれるぐらいで済んだが、まだ痛みは残っていた。


 それから五分程度時間が経過しただろうか。男の腕がピクッと反応する。


「お、俺は」


「うっちー! 目が覚めたんだね?」


「その声は、まおりん、か? なんだかいつもよりまおりんの声がよく聞こえる気がするぜ……う、うう。目が痛え。いったい何があったんだ?」


 女が男に事の顛末を説明する。男のスキルにより男の目が焼かれたこと。男のスキルを強制解除するために女のメダルを使ってしまったこと。


「まおりん、すまねえ。俺のために大事なメダルを使わしちまって」


「ううん。いいんだよ! うっちーが痛くなったのならそれだけで」


「あんたたちもありがとうな。あんたたちがいなかったらきっと事態はもっとひどいことになっていたんだろう」


「いえ。それより、目は大丈夫ですか?」


 男は目を開こうとするが激痛が走るのだろう。少しだけ開いた瞼はすぐに閉ざされてしまった。


「少なくとも今は目を開けることができそうにないな。まあ、スキルのおかげで周囲の環境は分かるから色が分からないことを除けば普段ぐらいには生活できると思うが」


 エイムの鑑定結果では、男はスキル『探知』を取得したようだ。地球でも盲目の人が音の反響を利用して周囲環境を把握するエコーロケーションという技術があったが、『探知』はそれを高い精度、より広範に実現することのできるスキルらしい。


「あんたたちには何かお礼がしたいが……何も渡せるものなんて持ってねえしな。すまねえ」


 頭を伏せる男に僕は慌てて顔を上げるように促す。


「なら、私たちの仲間になりませんか?」


 そして、重い空気の流れる中、エイムが空気を読まない発言をブッコむのだった。


「おい、エイム。何を言って!」


「うっちーさん! あなたのスキルは『探知』ですよね! 異世界ファンタジーで一、二を争う王道かつ、便利スキルじゃないですか! サイチさんもいいですよね? もとから彼らを仲間に誘う予定でしたし、確かにスキルは戦闘用ではなくなりましたが仲間に人数制限はありません。それに女神の話ではスキルは異世界に行ってからでも取得できるということです。ならば、意思疎通できるメンバーであれば頭数が多いに越したことはないと思うんです!」


「おう。あんたたちが望むなら、ぜひにともお願いしたいところだが。まおりんもいいよな?」


「うん! まあ、私はメダル使っちゃったからスキルが無いし、足を引っ張っちゃうかもだけど。誘ってくれるなら大歓迎だよ!」


 三人の視線が未だ発言をしていない僕へと向かう。ああ、もう。何いきなりエイムはコミュニケーション力を発揮してるんだよ。エイムは知らない人とでも結構がつがつコミュニケーションをとっていけるタイプの人間だ。さっきは必死だったから何とかなったが、基本的に僕はコミュ障なんだぞ。


 だが、エイムの言う様に二人を仲間に出来るというのなら心強い。それに女性の方はスキルを持っていないのだ。異世界に行った際に苦労をするだろうし、それなら僕たちで彼女がスキルを取得するまでサポートをすることができるかもしれない。


「……分かりました。僕は神主佐一と言います。うっちーさん、まおりんさん。仲間としてこれからよろしくお願いします」


「ぷっ。サイチさんかしこまっちゃって。笑かさないでくださいよ。私は久利英夢です。お二人ともよろしくお願いします」


「ああ。よろしくな。俺は内田ウチダ新都ニイトだ。力には自信があるから頼ってくれよ」


「私は浅木アサギ真央マオっていうよ。サイチくん、エイムくん。よろしくね!」


 ニイトとマオ。二人の人間と協力体制を築いた僕らは互いに握手する。これからこのような危機は何度も僕たちへと降りかかるだろう。だけど。

 コミのいる地球の現実を取り戻すため、僕は手にした心強い味方の姿に笑みを浮かべるのだった。

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