第三話 スキル考察

 僕の手に握られる一枚のメダルは、周囲を覆う白いドームの照明に照らされて微かに輝いている。

 今から僕たちが旅立つのは魔物が跋扈ばっこする危険な世界だ。女神の言葉を信じるならば、このメダルが僕たち力なき人類に、特別な力を与えてくれるという。自身のメダルを手に握りしめながら、僕は来る異世界での戦いへ向けどんなスキルを獲得すべきか考えを巡らせていた。



「骨、かあ……」


 僕のメダルに刻まれているのは”骨”の一字だ。

 メダルは書かれた文字に対応したスキルを僕ら人類に与えてくれるものであり、筋や脳、目と言った十一の身体部位ごとにメダルを装填できるという。


 骨に関わるスキルか……カルシウムでの再生? 肌を骨の強度にして身体硬化? はたまた全身を骨にして骸骨標本みたいになってみるのはどうだろうか。いや、その場合身体のどこにメダルを装填すればいいんだ?


 空想を重ねてみるもののいまいち明確なイメージを持てないでいる。実際に使ってしまえば早いのだが、一度装填したメダルは外すことができず、他のメダルで効果を上書きしない限り得たスキルを消すこともできないということだ。


 僕は手のひらを広げるとその上に乗っかっているメダルに目を向ける。この一枚の使い方が僕の、そしてコミの行く末を占うのだ。半端な気持ちで決めるわけにはいかないのだが、女神が示した一時間という制限時間はこうして悩む間にも刻々と近づいてくる。



「ねえ、うっちー。どんなスキルにするか、もう決めた?」


 ふと、隣で話しているカップルの会話が耳に入る。集められた人類は日本人に限らず世界中から選ばれているが、日本語を話すこの声の主は日本人なのだろう。

 視線を向けると一組の男女がスキルについて考察をしているようだ。褐色の肌が印象的なカップルは筋肉質な肉体美を誇る男と、やせ形でギャル系の女性の組み合わせだ。二人は寄り添うようにして互いのメダルを見せあっている。


 正直、この状況だ。高いテンションで会話されるのを聞くとイラっと来るが場所を変えている場合でもない。それに今は少しでも生き残る確率を上げるためにどんなスキルにするか考えるための情報が欲しいところだ。他人の話を聞くのも一つの手だろう。そう考えると言語の通じる日本人のペアは貴重だ。コミの為だと、僕は感情を抑えながらその場にとどまることを決める。


「いいや、まだ決めてねえよ。俺のメダルって、【臓】なんだぜ。こんなもん戦闘でどうつかえっつうんだよ。まおりんは?」


「私もまだ~。私のは【耳】だから女神さまが言ってたみたいに肌に装填すれば周囲の様子が分かるようになるみたいだけど~。それって戦えるスキルじゃないじゃん」


「でも、周囲に敵がいないか警戒はできそうだよな。戦えないのなら俺が守ってやるよ!」


「わあ、うっちー、かっこいい~!」


 うっちー、まおりんと呼び合う二人の軽い口調に僕は思わず眉を顰める。これから自身の生死がかかった選択をするんだぞ? いくら何でもノリが軽すぎではないか。

 一人、首を傾げるが考えてみればここに集められたのは女神に選ばれた人類であるはずだ。選ばれている以上、彼らにも何らかの志があるはずで。適当に見えてどこかではちゃんと考えているのだろう、と無理やり自身を納得させる。



「うーん。うっちーのメダルは【臓】か。臓って言うと心臓とか、胃とか。あっ! そうだ。胃のスキルにしたら酸を作れるようにならないかな~?」


「おっ、酸の生成か、なるほど。さすが、まおりん。早速試してみようぜ」


 どうやら男の方がスキルを決めたようだ。僕は横目に二人の行動を観察する。男は手にするメダルを再度確認すると、その褐色の肌へとメダルを押し付けた。


「じゃあ行くぜ。【肌】に【臓】を装填! って、うおおおおおおおおお」


 掛け声に合わせ、男の身体には変化が表れる。

 褐色だった肌はまるで胃の内膜のごとくピンクに染まり、表面にはヒダが出現する。厚く変質したその皮膚はまるで巨大生物の胃を裏返してそのまま被っているようで、いかつい男の体躯はさらに一回り大きくなったようだ。


 男のあまりの変化に周囲にいた人々も何事かと近づいてくる。僕は人垣の外から観察を続ける。


「ええっと。うっちー、大丈夫?」


「あっ? ああ。特に体調に変化はないぜ」


「そ、そお~? それなら、よかったんじゃない?」


 女の声には怪訝な色が混じっている。それもそのはずだろう。男の見た目はどう見ても……人間をやめている。酸が出せるのならば戦闘能力はあるのだろうが、しかし全身の皮膚組織を胃の粘膜でおおわれているのだ。何かを触れるにも困るだろうし、何よりあの姿は目立つだろう。


「俺からは自分の姿が見えないんだけど、俺、今どうなってる?」


「えっ!? ええっとお、うん。すごく個性的な感じだね~」


「そうか、ははは……なあ、まおりん。もしかして俺、変な見た目になってるんじゃねえか?」


「そんなことは~、まあ、無いとは言わないけど~。って、ちょっとうっちー! こっち来ないでよ!」


「なっ!? なんで逃げるんだよ!」


「うっちーは、皮膚表面が酸でおおわれてるんだよ! そんなんで触られたら私の肌がただれちゃうでしょ~!」


「っ! ああ、そうか。悪い」


 何かカップルの方は関係がギクシャクしてきているようであるが、まあいいだろう。とりあえず表面に出る部位に関するスキルを取得する場合には注意が必要なようだ。例えば炎のスキルなんかを得てそれがOFFに出来ないのだとしたら人間放火魔の出来上がりである……僕の骨にそこまで危ない使い方があるとは思えないのだけれど。



「あっ! サイチさん、ようやく見つけましたよ」


 いよいよ取得するスキルを決めようとした矢先、僕にかけられる声。というか、日本語か。割と日本人が多く集められていたりするのだろうか。


「サイチさん、よかった。合流出来て」


 考察に意識を向けていると、そう言って駆け寄って来たのは銀髪にオールバックという攻めた髪型がよく似合う、切れ長の目が印象的な長身の男性だった。男に親し気に話しかけられた僕は一つだけ、疑問を持つ。


「あなた、誰ですか?」


「ええっ!? 私ですよ! 私。わかりませんか」


「いや、ほんとにあんた誰だよ」


 どうやら異世界にも架空請求詐欺はあるようで。私、私、言う男を無視してその場から無言で立ち去ることにした。






「って、ちょっとなんで逃げるんですか! 私、エイムですよ、エイム」


「はあ? エイム……って、ええええええ!? お前、久利英夢なのか!」


 エイムと言えば僕の友人で、少なくとも日本人顔の男だったはずだ。けれども目の前の自称エイムは明らかに北欧系の顔をしており、体型もスラッと縦に伸びている。完全に別人だと断言できる。


「エイム、何があったんだ?」


 思考が追い付かない僕は問いかける。ただでさえ考えるべきことは多いのにこれ以上問題を増やさないでくれよ。

 新たな波乱の到来に僕は内心嘆息するのだった。

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