第二話 基本ルール

 まるで眼前から靄が取り払われたかのようだった。


 女神により与えられたコミを生き返らせることができるかもしれないチャンス。それは世界が崩壊し、絶対に支えると誓ったコミを失い、絶望に落ちた僕の心に希望を宿した。

 僕の心情の変化に呼応するかのように目の前の闇は消え、周囲に色が戻る。


 見渡せばここは巨大なドームの中だった。

 真っ白い壁が覆うのは何もない巨大な空間。大きさは東京ドームよりもずっと広く、全長一キロほどはあるのではないだろうか。広大な空間には僕を含めた無数の人間が存在していた。


 集団で何か話し込んでいる者、一人周囲を見回している者。僕の近くにはカップルだろうか。二人で寄り添ってい、手を握り合っている者の姿も見て取れる。

 人種や年齢も様々で、そこかしこからどこの国とも知れない言葉が流れてくる。


 状況の変化に対応すべく僕が周りの様子を観察していると、またあの声が脳内に直接、響いた。





『愛しき私の子たちよ、聞こえますか。私は女神クルシュム。あなたたちの住んでいた愛すべき世界の創造主です』


 優しく、暖かい声。周囲の人間を見れば話しこんでいた者は声を止め、中空を見上げ始める。僕も周りに倣いどこから来るともしれないその声に応えるべく上を向く。


『今、世界は危機に瀕しています。資源を狙う異世界人による侵攻により世界の半分が海に沈み、そこに住まう多くの生命が失われました。ふがいないことに傷ついた今の私の力だけではその侵攻を止めることはできません。どうか、愛すべき私の子たちよ。世界を守るため、私に力を貸してください』


 女神の声に周囲の人々からは様々な反応の声が上がる。当然知らない国の言語も混じっているが、わかる範囲の言葉を拾ってみると意外なことに、そのすべてが肯定的なものであるようだ。中には拳を天に振り上げている者もいる。

 まあ、それもそうか。何せここに集められた人間は女神により選ばれた人間だということだ。僕のように何かを望む者、純粋に世界を守りたい者。少なくともこの場で女神に反抗するような態度をとるものはいないのだろう。周囲には確かな熱気が漂っている。

 そういえば、女神の言葉は問題なく皆に伝わっているようであるが、同時翻訳でもしているのだろうか。

 周囲の反応が収まるのを見計らっていたのだろう。女神は少し間を開けてから神託を再開する。


『私の力は今、異世界からの侵攻の影響で弱まっています。一万人。それが私が異世界に送り込める人類の総数です。対する異世界人の総数は十億人。あなたたちは一万という人数で十億の人間を退けなければならないのです』


 十億人!? 敵の途方もない数字を聞き、場にはざわめきが起きる。


『一万対十億。この劣勢をひっくり返すには力が必要でしょう。今から私があなたたちに与える贈り物ギフト。それが戦力差を埋める可能性を有する”力”です』


 女神の言葉が終わらないうちに何もない中空において目の前で激しい発光が起こる。あまりのまばゆい光に僕は思わず目を手で覆い顔を背ける。辺りから聞こえる悲鳴に近い驚きの声。光はゆっくりと収束していき、明順応した僕の目に視力が戻ってくる。

 光の正体。それは目の前に浮く一枚のコインだった。そのメダルはどういう原理か宙に浮いており、僕は自然と手を前に伸ばしていた。



『それはあなたたちに力を与える”メダル”です。それを使えばあなたたちは今まで持たなかった新たな力--スキルに目覚めることでしょう。メダルの表面を見てください』


 女神の言葉に従いメダルを見ると、その表面には文字が印字されていた。


「骨?」


 そこに彫られていたのは【骨】という漢字。周囲からの声を聞くに、彫られている文字は人により違うようで、それぞれのメダルに字が一字記されているようだ。僕はメダルをまじまじと見つめる。


『そこに書かれた文字は特殊なもので、どんな言語圏の者でも自身の扱う言葉として理解できる細工がされています。そこに書かれた文字、それがそのメダルの持つ”因子”です。あなた方はその因子を体に取り込むことでその因子に応じたスキルを発揮することができます。あなた方にもともと備わっている因子、つまり 【筋】【脳】【肌】【目】【耳】【口】【鼻】【骨】【爪】【毛】【臓】の十一か所の”スロット”から一か所を選び因子を取り込んでみてください。【火】の因子を【口】のスロットに装填すれば口から火を吐くことができるようになりますし、【耳】の因子を【肌】のスロットに装填すれば全身で音を感じることができるようになります』


 女神の説明を聞いた瞬間、自身の体に違和感を感じる。見た目上の変化はないのだが、なんというか今までは特に意識することが無かった筋や骨と言った体の内部構造がはっきりと意識されるようになったのだ。これが因子を装填するための“スロット”と言うことだろうか。


『すでに世界は危機に瀕しており、私達には時間的猶予がありません。今から一時間後にはあなた方を転生者インベーダーとして異世界へと送り込む手筈となっています。その前にメダルを取り込んでスキルを獲得してください。異世界には強力なを扱う異世界人のほか、人類に襲い掛かる凶暴性を持つ魔物が存在しています。手に入れたスキルはきっとあなた方が異世界で生き抜く助けとなってくれるはずです。メダルは異世界の生物を倒すことで新たに手に入れること可能ですが、一度装填したメダルは回収することができず、取得したスキルは他のメダルを使い上書きしない限り消すこともできないため取得するスキルは慎重に決めてください』


『それでは一時間後、転送の時にまたお会いしましょう。愛すべき私の子が逆境に飲み込まれることなく、仲間とともに使命を果たすことを祈っております』


 未だ困惑する中で、女神とのつながりのようなものが切れるのを感じる。


 さてどうするか。僕は【骨】と書かれたメダルを前に頭を捻る。異世界で生物を倒せば新たに手に入れられるとのことだが、今所持しているのは一枚切り。取得のし直しができない以上、獲得できるというスキルは慎重に選ぶべきだろう。


 スキルの取得。僕の選択にはコミの命もかかっているんだ。失敗は絶対にできない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る