死闘とゲロの果てに……

「これを見てみい」

「これは」

 激戦で石をしっかり確認する余裕さえなかったが、ローランドの手の中で炎によって鈍く輝く魔法石は濃い紫色で何かの細かい呪文が掘られているようだった。しかし、それよりも気になるのは、石そのものが半月のように綺麗に真っ二つに割れていることだった。

「これは、随分と複雑で高度な術式じゃ。もしかしたら、この石と対になる石がこの酒蔵内部にあるのかもしれん」

「どういうことだ」

「ここに文字があるじゃろ」

「ああ、だが石が真っ二つで後半が欠けてる」

「左様、魔術研究の過程でな一つの魔法石に呪文を刻み込み、その石を二つに分かつことで呪文自体を破壊されることを阻止するという術式があるんじゃわい。つまり、もしわしの仮説が正しいとして。もう一つの魔法石を探して、その呪文を文字としてくっつけて文字としての秩序性を合わせた上で破壊しないと、アル中イーターの動力を止めることはできん」

 魔術の術式を説明するローランドに、どうにか頭をフル回転させついて行く。

「びえぇぇっ!そ……そのもう片方の石は、どこにあるのよ。この酒蔵の外だったらお手上げじゃない!」

 またしても泣き上戸を再発させたセルマがローランドに割って入る。

「それは、心配いらん。さっき見たじゃろ。アル中イーターが現れた瞬間入り口が塞がれた。こやつの出現と扉の封印は同じ術式で連動しておる。つまり、裏を返せばアル中イーターは、この酒蔵の中でしか活動できない。奴の動力源は、この酒蔵の中にあるということなのじゃ」

「つまり、もう半分の魔法石をこの酒蔵の中から探し当てろというのか」

「そういうことになる……」

 簡単に言ってくれる。しかし、今やそれしかないのかもしれない。バイロン自身は他に良案を思いつかず、ローランドの策にすがるしかなかった。

「こうなりゃ、手分けしてもう片方を探すしかない。クソヤロー」

「いいねぇ、宝探し胸おどるぜぇ。でもアル中イーターはどうするんだ。大将」

「俺がおとりなる」

「うえぇ……そんな今のアンタじゃ無茶よ」

 セルマが、引き留めようとするがバイロンの決意は揺るがない。手負いとは言え、これでもパーティ内で最も荒事に慣れあの化け物と一時的にせよタイマンを張れるのは、バイロンしかなかった。

 アル中イーターの低いうなり声がバイロンの腹底に響く。酒に酔えていないと言うのに、バイロンは胃がじんわりと痛み出してきた。


 それから、ローランドから石を受け取り炎の中で腹の大口を開けている巨大な死神の前に姿を曝け出した。

 奇跡的に手負いのバイロンは、戦闘に支障のない軽傷を幾つか負う程度でアル中イーターの注意を引きつけて闘っていった。

 仲間たちは酒蔵の中を片割れの魔法石を見つけるため探し回り、棚や木箱、書斎の机、更には酒瓶までも手当たり次第に割り始め石が隠されていないか必死になった。

 それでも、無情なまでに石は見つからなかった。

「クソっ、まだか。まだ見つからねぇのか!」

 先ほどから何度この罵声をわめき散らしたか、もはやバイロンは覚えていない。

 辺りは、これまでの激戦と石を探すために仲間たちが酒蔵をめちゃくちゃになり、棚や柱、箱は壊れ一面割れた酒瓶が散乱していた。炎も勢いを増し、天井部分のはりにまでその紅蓮の色で染まっていた。

「どうするんだ、バイロンの大将。いっそ玉砕かぁ?飲んではハイに、醒めては灰に、飲もうぜ、今宵。聖夜を杯にして!ギャハハ!」

 盗賊エヴァンのヤケくその笑い上戸じょうこと、調子はずれな即興詩そっきょうしが、バイロンをムカつかせた。

「シラフになるのは嫌よ、でも死ぬのはもっと嫌ああぁぁ!」

 回復担当、僧侶セルマの発作的な泣き上戸じょうこからくる金切声かなきりごえ。これもバイロンの神経を逆なでした。

「まぁ、あれじゃよあれ。『酩酊は一時的な自殺である』という格言があってだな。わしゃ、自殺志願者で何度でも自殺したいから今日も酔う!」

 それが人生最期の言葉にしたいのか、攻撃魔法担当のローランドの理屈っぽい長広舌がやはりバイロンの癪に触った。

「クソっ、どうしてこうなった」

 床には種々諸々の酒と言う酒が混じり合い強烈なアルコールの臭いを放っている。

 加えてそれが炎の熱気で煽られ、嗅覚が死にそうな感覚をバイロンは覚える。

 アル中が地獄に落ちたら、きっとこんな責め苦を地獄で受けるに違いないと思えるほどの阿鼻叫喚あびきょうかんである。

 その異様な空間のせいか、エヴァン、セルマ、ローランドの酔い方はさらに酷くなっていった。

 そして、それにもかかわらず酒気をあり得ない程に含んだ酒蔵内の空気を吸ってなお、バイロンはシラフで居続けた。

「シラフのままおっ死んでしまうのか、クソっなんて最期だ。……すまない。お前にあの世で顔向けさえできねぇ……」

 バイロンは、アル中イーターを前にもはや最後の気力を失い、悔悟とともに眼を深く閉じた。


 アルコール王とその宰相亭。アル中イーター。二つに割れた魔法石。もう片方。ローランドの仮説。割れた大量の酒瓶。酒に酔えずにいる自分。

 幾つもの言葉が急激にバイロンの頭の中で収斂しゅうれんされ濃縮されてゆく。死の直前とはこうも目まぐるしいものかと静かにバイロンは思う。


 ――――そうか、もしかして


 バイロンのアルコール漬けの脳は、鋭いひらめきをもたらした。

 何故これにもっと早くに気付いていなかった?これが正解なら全て解決する。




「おい、俺の胃の辺り思いっきり蹴ってくれないか!」

 バイロンは雷にでも打たれかのように、疲弊しきった体を直立させ、アル中イーターの脇をすり抜け、近くにいたセルマに半ば悲鳴のように叫ぶ。

「ちょっと、なに……アンタついにイカレちゃった!?」

「いいから早くやれってんだ。コノジョロー!」

 戸惑とまどうセルマに更に目を血走らせ、半ば正気を失っているとしか思えなかった。

「うええぇぇ!もう、もう……訳わかんない!!」

 セルマはどうとでもなれとばかり、バイロンの胃の辺りを勢いよく蹴り上げる。

 直後――――


「うぉぉぉおおおえええええええ!!」


 渾身こんしんの魂までもあらわにするような嘔吐。

「汚ねぇぇぇ!」

「ぎゃぁぁぁ!」

「やりおった!」

 

「げほっ、げっほ……おっ大当たり」


 やはり、こういう時の頭の冴えに外れはない。

 バイロンが酔わずにいたのは紫水晶が胃の中に入っていたからだった。そして、この酒蔵に来てから、紫水晶がバイロンの胃の中に入るチャンスは一度しかない。

 あの年代物の果実酒。ボトルの中に紫水晶の欠片が混入してあったのだ。当のバイロンはそれを種と勘違いして酒と一緒に飲み込んでしまったのだ。

 そして、吐き出した紫水晶には片割れの魔法石同様に呪文らしき文言が掘られていたのだった。

 二つの紫水晶の欠片は、カチリと音を立て合わさりまばゆい光を放ったかと思うと粉々に砕け散った。

「うぉげ……こっ今度こそ、トドメだ。コノヤロー!」

 最後の力を振り絞り、バイロンは両手剣を大段上だいだんじょうに構えた。

 アル中イーターは、体中の顔と言う顔から絶叫を吐き出し体全体をきしませている。

 ザスリーーーー

 という音がこの異様な空間そのものを断ち切った。

 言葉にはしがたい苦悶のうなり声と共に、アル中イーターは光に包まれ融解してゆく。

 ――――勝ったのだ!

 その余韻よいんに浸りきるまでもなく、紫水晶を吐き出した今バイロンは強烈な泥酔でいすいに襲われている。

 急激に思考が鈍く重くなり、睡魔すいまがバイロンを地の底へと引きずり下ろすのに時間は五秒も掛らなかった。

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