灼熱の攻防
「よし、そこら辺にある調度品をバリケード代わりにしろ」
「ヒャハハ、あいよ」
部屋に飛び込むや、バイロンは仲間たちに時間稼ぎのための指令を下す。
今までバイロンの代わりに松明を持っていたエヴァンが、再び松明をバイロンに渡す。セルマとエヴァンがとりあえず、そこらにあった机や木箱をドアの前へと一気に押し出して扉の補強を済ませる。
「それにしても、ここはなんだ」
「ここは、あれじゃな。書斎も兼ねた倉庫じゃろう」
相変わらず呑気なローランドの声に即されて、バイロンは松明を片手に辺りを見回してみると、確かに本棚らしき棚に本がぎっしりと詰まっている。
「酒蔵に書斎たぁ、粋なのか場違いなのか分んねえな」
気が付けば、ローランドは棚にある一冊を取り出し何かを調べているのだった。元はインテリの血が騒いで本を手に取ったのだろうが、幾らなんでも今はそんな時でないことはバイロンも分かっている。
「おい、じいさん今は読書なんてしてる暇はないんだぞ」
「単なる読書ではないわ。どうやら、ここには魔法学の本もある。もしかしたらあの化け物の弱点が分かるかもしれん」
「奴をひと目見て分かるのか?」
「これでも、魔法学で博士号を取った身じゃい。侮ってもろうては困るわい!」
そう言って力強く頷くローランドの顔つきは、一瞬だが学者の真摯な眼差しがこもっていた。
「ううむ、やはりな……」
「何か分かったのか?」
しばらくして、ローランドが本をパタリと閉じて棚に戻すと
「あのモンスターは、ゴーレムタイプという奴じゃ」
「ゴーレムっていうとあれか。呪文で動く石や泥で出来た人形のあれか?」
「左様。もっともあれは取り込んだ人間の死肉でできているようじゃ。随分とユニークな変わり種じゃが、あの画一的な動きで分かる。ゴーレムは額に術式となる呪文が書かれている場合もあれば、何か特殊な魔法石で動く場合もある。それがあのモンスターを動かす魔法の動力なんじゃ」
「つまり、どうすりゃ勝てる?」
「その動力源を叩けば、間違いなく倒せる!」
ローランドは腕組みをして真剣そうに頷いてみせた。
「おおっそう言えば、あのモンスターの額の辺りに宝石が
アル中イーターの攻撃を、セルマと共に扉越しに調度品を背に防いぎながら、エヴァンが甲高い声を上げる。
「
「ヒャヒヒ、まぁな」
「そういうことなら……」
エヴァンをおだてながら、バイロンがニヤリとほくそ笑む。セルマが
「なんだい、妙案があるなら早く言ってよ……ぐす」
「まずは、あの化け物の頭頂部にある宝石を抜き取る。で、それを俺に渡せ。俺が破壊してやる。じいさんの話によると、それであのアル中イーターを倒せるんだよな」
「そういうことじゃ。あれは確かにゴーレムタイプじゃ、呪文らしきものが体にないならば、動力はその宝石とやらで間違いあるまい」
「よし、俺とセルマが陽動に回る。エヴァンとローランドは奴の頭の石を取るように全力を務めろ。必要であれば、じいさんはエヴァンのために陽動も行ってくれ」
「任せろ大将」
エヴァンがニィと笑うと、ローランドは
「年寄に無茶なことをいうわい。まぁ、今は仕方あるまい」
このまま籠っていても仕方がない。
何より扉がひび割れながら、悲鳴を上げている。
この部屋の扉が限界であることを示していた。もはや、後戻りはできない。後は突き進むのみだった。
「おし、そうと決まれば後はやるだけだ。回復役は頼んだぞ、セルマ」
「分かったわよ。グス……」
そう言うや、まずはバイロンとセルマがバリケードどかして部屋から勢いよく出てゆく。アル中イーターは、扉を開けた途端につんのめりこけたところをバイロン以下の冒険者たちに踏みしだかれてゆく。
アル中イーターが立ち上がり体勢を立て直した時には両手剣を構えたバイロンがセルマを守るように両足を踏ん張り立ちはだかっていた。
「かかって来いやぁ!」
バイロンは気勢を張って、両手剣の切っ先をアル中イーターに手向ける。
視線を頭頂部にやると確かにエヴァンの言う通り、僅かだが宝石のようなものが煌めいている。
アル中イーターが短く
「くんぬっ」
バイロンは、踏ん張りながらも後ろのセルマごと数メートル後ろへと石床の上を擦り退いた。
「――――我らを邪なる者から守りたまえ。負けんじゃないよ!」
バイロンを後ろで支えつつ、セルマが神聖魔法で援護する。少しばかり腕の痛みが和らぎ、枯れかかっていた力が再び湧いてきた。回復と強化の加護を与えるものらしい。
先ほど、この一撃をどうにか剣で受け止めた時も肝を冷やしたが、今度は全力疾走してきた二撃目である。肉厚な両手剣の剣身で上手く衝撃を逃がすよう、バイロンは剣技と胆力で踏ん張ってはいるが、それでも
アル中イーターの亡者の顔だらけのおぞましい体が、バイロンの剣圧を押しのけじりじりと肉薄してくる。
「クソったれ」
正直なところ、この化け物の攻撃を真正面から受けて立つなどせず攻撃を避けてやり過ごしたいが、エヴァンたちが頭頂部の魔法石を盗る隙を作らなくてはならない。
エヴァンが上手くやってくれるよう祈る気持ちで、バイロンは腰と腕に力を入れる。
「ヒャッハ―」
奇声とともに、酒蔵の棚の上からエヴァンが跳躍する。バイロンがその様子を確認した時には、エヴァンはアル中イーターの双肩に着地し短刀で頭頂部を掠めていた。
「おっしゃー!盗ったどー!!」
恐ろしく鮮やかな手際だった。
エヴァンは、
「ほらよ、バイロンの大将!」
「でかした」
バイロンは、剣身を
「これで、終わりだ。コノヤロー!」
――――が、僅か爪一枚程度の小さな石は割れることはなかった。
バイロンの刃が石に到達する前に、結界のような光がその一撃を阻んだのだった。
「どういうことだ!」
バイロンたちが戸惑っている隙に、アル中イーターは再び体勢を整え突進を開始する。
「コノヤロー!まさか、不死身か?」
バイロンはアル中イーターの体当たりを回避し損ねて、壁へと弾き飛ばされる。
アル中イーターの体は、バイロンを容易く弾き飛ばすとそのまま酒の並んだ棚ごと壁の燭台にぶつかった。
割れた酒瓶の中に、度数が極度に強い火酒でも入っていたのだろう。炎は一挙に酒蔵内を覆い尽しかねない猛火となって爆発的に広がった。
「うえぇぇ……ちょっと、これ洒落にならないわよ!」
「ヒャハハ、紅蓮のフィーバー……ってかこの状況ヤバくね?」
「火酒まであったとはのう。焼死する前に飲んどくんじゃった……」
思い思いに炎の前で勝手に感想を述べる仲間を尻目に、バイロンは傷口を抑えながら両手剣を杖替わりにどうにかよろめき立つ。
「うぐお、いてぇ……お前ら、こっちも心配しろ」
「――――我が同胞を癒したまえ。分かってるよ、しっかりしな!」
セルマが神聖魔法を唱え、バイロンの背を叩き支える。
一時的に、出血と痛みは引いて行く。
アル中イーターを見据えると、悶絶するように首の辺りを左右に揺さぶりその重厚な巨体に似合わない甲高い絶叫を
アル中イーターの背面を確認するバイロンは、背中にもある無数の顔が苦悶に歪み蠢く様を見て、思わず目を背けたくなる。
相変わらずその体には傷一つ付いていないようで、どうやら激突のダメージという訳ではなく何かの拍子に混乱しているようだった。
「どうやら、炎の熱量で前後不覚になっているようじゃ。あるいは、魔法石を奪われて暴走しておるのか。どっちにせよ一端逃げるんじゃ」
「おう、てて……」
セルマの回復で幾分怪我と痛みはマシになったものの、それでも、時折激痛がバイロンの意識を遠のかせた。
あれをまともに食らっていたらと思うと心臓が幾つあっても足りない思いだ。まったく、こんな時に酒に酔えていたら痛みを忘れてやれるのに、と自業自得ながらバイロンは酒に慣れきった体が恨めしくなる。
「クソっ……情けねぇが、もう一度撤退だ」
バイロンたちは、アル中イーターが錯乱している内に遠く離れた酒蔵の隅へ一時撤退する。どっちにしろ僅かな時間稼ぎにしかならないことはその場の全員が分っていた。
――――万事休すか?
「ううむ……なるほどの」
「なんだ。じいさん」
見るとローランドは、先ほどのアル中イーターにはめ込まれた魔法石を拾っていたようで、今はそれを睨み皺だらけの渋面をより渋くしていた。
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