アル中イーター!!

「なっ、なんだ!地震か?コノヤロー」

 見れば、酒蔵の床がひび割れて行くのが分かった。

 そのひびが地響きと共に更に大きくなってゆく、地響きはついに地下の酒蔵の床をぶち破ると共にほこりをまき散らし、どしりと床に着地してその元凶を現す。

「げほっげほっ。こいつは……」

 一同がむせながら見上げると、それは巨大な人型のように見えた。

 醜く怪異なことに、ソレは人の顔と思しき肉の造形が全身を覆っている。頭にも、胴体にも腕にも足にも、不快な肉の造形がひしめいていた。

 そのくせ、人間でいえば顔に該当する箇所は金属の表面のように不気味な何一つない。そんな歪さがばかりが目立つ。

「これが、噂に聞く酒蔵の化け物……」

 酒盛りの途中のあまりの出来事にバイロンたちが狼狽うろたえている。

 化け物の胴が横一文字に割れ、獰猛どうもうそうならん食い歯と長い舌を覗かせ、形容しがたい咆哮ほうこうで辺りの大気とバイロンたちの鼓膜を破かんばかりに響かせた。

「うごあぁぁ……お前ら、武器を構えろ!」

 両手で耳を抑えたくなる本能を抑えて、バイロンは今までその存在を失念していた両手剣の柄を強く握りしめる。

 化け物の絶叫で、バイロンの指示が届いたか当のバイロン自身は不安であったが、エヴァンは短刀を構え、セルマはロッドを手にして神聖呪文らきし詠唱を行い、ローランドは杖を握りしめ既に攻撃魔法の詠唱を始めていた。

 アル中でも仲間たちの冒険者らしい本能がまだ生きていたことは、僅かなりともバイロンの冒険者魂を揺さぶり、バイロン自身の闘志にも火が付いた。

 化け物が、歪な顔だらけの太い腕を振り上げ、もっとも近くいたエヴァンへと勢いよく振り下ろす。

「ヒャハ、とんだニブチンだぜ」

 パーティ内でもっとも身のこなしが軽いエヴァンは、難なく攻撃をかわすと得物の短刀を化け物の腕に深々と突き刺す。

「――――邪なる者を拘束したまえ」

 同時に、詠唱が終わったのかセルマのロッドから、白い光が煌めき純白の光りが環のように化け物の体を覆い拘束してゆく。いわゆる神聖魔法における邪なる存在を封じ込める封印拘束に類する術式であることはバイロンも知ってはいる。

「――――我に仇なす敵に天誅を」

 今度はローランドが詠唱を終え、杖から雷撃を放つ。化け物の全身を青い雷撃が包み肉の焦げる悪臭が広がる。

「俺たちの酒盛りを邪魔するな。コノヤロー!!」

 最後は、パーティリーダーの面目躍如めんもくやくじょとばかりバイロンの大段上からの大ぶりの一撃を喰らわせたのだった。バイロンの大剣は化け物の肩から口を縦に両断し腰部までも、その剣圧で切り裂いていた。

「やったか?」

 バイロンは、眼前に両手剣を構え反撃に備える。

 化け物は、苦しそうな呻き声を腹の口から漏らすと身もだえするかのように体の各部位を震わせた。

 どうやら、すでに決着はついたようだった。

「ヒャハハ、『酒蔵の化け物』なんて大したこたぁねぇ」

 エヴァンが犬歯を覗かせ獰猛どうもうに笑うと同時、化け物がより大きく体を震わせた。

「なっ――――」

 始めにセルマが掛けた神聖魔法の白いくびきが破壊された。

 次にローランドの雷撃によって焼け焦げた表皮が見る見る回復してゆく。

 それだけではない、エヴァンが与えた一撃、バイロンの必殺の一撃によって生じた大きな傷さえも完全に治癒していた。

 バイロンたちの目の前に佇む化け物は、さきほどの熾烈な集中攻撃など元からなかったかのように再び雄叫びを上げ、今度はこちらの番だとばかり両腕を振り上げ、酒蔵の石床を勢いよく手の平で叩く。

 その衝撃にバイロンたちは立ちすくみながら、どうにか次に繰り出される手刀を避けるために、無様に這いずりながら不死身の化け物から距離を精いっぱいだった。

「どういうことだ、コノヤロー!攻撃が効いてない?」

「そうか、分かったぞい」

「今更、なによ。えぐ……」

 追い詰められているというのに、這いつくばりながら飄々ひょうひょうとしたローランドに、同じく恨みがましい泣き上戸じょうこで柱の影で震えているセルマが噛み付く。

「あれじゃよ、あれ……この化け物は飲んべぇを喰らうモンスター。つまり、なんじゃよ。だから、アル中のわしらの攻撃はまったく効かないということじゃ」

「じいさん。この化け物のこと知っているのか?」

 両手剣で化け物の手刀を辛うじて防ぎながら、バイロンがローランドに目配せする。

「知るかい。今、ワシが直感で命名したんじゃ」

「ギャハハ……って思いつきかよ!」

「ぐすっ、でも……もっともじゃない。現に私たちの攻撃は一切効いていないし……」

 相変わらず、エヴァンは酒のおかげで頭のネジが吹っ飛んだままらしい。そのせいで、セルマのすすり泣きが悲惨な気持ちにさせてくれる。

 バイロンは、隙を見て酒蔵の柱に隠れると仲間たちにもそうすうるよう手で合図を送った。

「どっちにしても、このままじゃ俺たちがこいつの大口に飲まれちまう。コノヤロー」

「うえぇぇ、どうしろってのよ!えぐっえぐっ、っおえぇぇ……」

 セルマは先ほどよりも激しく泣きじゃくり、遂には吐き気までもよおす有様だった。当のバイロンはまだほろ酔い気分にさえなれていないだけに、仲間たちの醜態はかえって嫉妬さえ抱かせた。

 こうして、柱に隠れながら無駄なお喋りをしているこの時もアル中イーターの力任せの攻撃は続いている。

 幸いなことに図体がデカいためか、あるいは知性が低いためか柱から回り込んで攻撃するということはない。

 それでも、いつかは柱が砕かれ逃げ場を失うことは明らかだった。こうなっては悔しいが撤退するしかない。

「おい、出口だ。お前ら出口に一斉に走れ」

「いやいや、ダメじゃて」

「なんだと、コノヤロー」

「ほれ、あれを見てみい」

 ローランドの指差す酒蔵の入り口があった先はどいう訳か、光り輝く扉によって塞がれていた。どうやら、このアル中イーターが出現すると同時に結界のようなものが同時に発動する術式がこの酒蔵に仕組まれているようだった。

「クソったれ、袋の鼠ってか。コノヤロー。それなら……」

 バイロンは、必死に思考を巡らす。

 その時、一つの扉が目に入った。それがどこへつながるか、そもそもどんな部屋なのかは知らない。だが、一時の時間稼ぎであっても今はそれに縋りたかった。

「お前ら、あの扉に突っ込め!」

 バイロンの指さす方、酒蔵の片隅に小さな扉があった。

 バイロンが真っ先にとびだしアル中イーターが反応するよりも先に、けん制の意味合いを込めて、木の根のように太い脚を両手剣で強烈な一撃を加えたのだった。

 皆が、酒蔵隅の扉へと向かうことを確認するや自らも脱兎だっとのように両手剣を引きずり、駆け出して行った。

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