隠し酒蔵の四アル中

 かくしてバイロン達四名は、酒場でクエスト申請を無事済ませて教わった道順通りに酒蔵を目指した。

 その酒蔵と言うのも、昼下がりになる頃には到着できていた。

 酒蔵は、街の街道沿いから少しばかり離れた山麓さんろくにあった。

 その外観は、雪山の中にそびえ立つ石造りの建物で、その無骨でシンプルな在り様はちょっとした要塞のように思えた。

 入り口と思しき分厚い木の扉を開けると石で出来た階段が下へと延びていた。ローランドのやたら長い詠唱で松明に火を着け、バイロンが松明を片手に先頭に立ち付いてこいと中たちに合図する。バイロン達は特に冒険者らしい危機に襲われたりすることもなく階段を降り切った。恐らくは、酒を貯蔵するスペースに当たるのであろう石壁に囲まれ開けた場所に出たのだった。

「どうやら、ここがその酒蔵のようだな」

 バイロンの低いだみ声が、分厚い壁に反響する。

「まっ、待ちに待った瞬間だぁ」

 控えめな性格であろうエヴァンも上ずった声で、期待と喜びを抑えきれずにいる。

「本当に酒は残ってんだろうね?」

 セルマの胡乱うろんな声、バイロンは松明片手に無機質な石壁をいじくる。まさにその言葉を確認するため、部屋全体を照らす明かりが必要なのだった。

「あたぼうよ。今、酒とご対面させてやる。おい、爺さん。壁際に燭台がある。そっちの方も火を着けてくれや」

「分かっておるわ……おお、ここじゃ」

 バイロンとは反対側の壁を弄っているローランドは、壁面に備え付けられた燭台を見つけられたようでバイロンに合図を送っている。

「さて、じゃあ点火といくか」

 バイロンとローランドが同時に燭台の蝋燭に点火をする。

 ここまで拍子抜けする位にトントン拍子だったが、果たして酒は残っているのか?

 最悪の場合、バイロンは仲間たちから半殺しにされかねない。そんな懸念をバイロンは生唾なまつばとともに飲み込むのだった。

 そして――――

「おおっ!」

 四人が一斉に弾んだ声を上げる。さすがアル中同士、皆同じものを見て同じ瞬間に同じ感情を共有したのである。

 明るく照らし出された空間には、簡易な作りの木棚が並びその中には酒、酒、酒が並んでいた。

「お、大当たりぃ」

「キャッホー」

「ホホッ、もうここがわしの墓場でいいわ」

 それまで、半信半疑であった全員が歓喜の声を上げ、手を叩き合ったり、抱き着いたりしている。バイロンが、「待て、待て」とはしゃぐ三人に落ち着くよう手で制する。

「ゴホン。さて、諸君……とりあえず、そのなんだ…………飲もうか」

 それがバイロン・バーンズのおびただしい酒瓶を前にした最初の言葉だった。

 そして、十分後――――


「ヒャッハ―、やや肝臓の内側をねらい、えぐりこむようにして飲むべし、飲むべし、飲むべし!!ヒャハハ!!!」

 エヴァン先ほどの、鬱屈うっくつした小心者らしい雰囲気が木端微塵こっぱみじんに吹き飛んでいた。しかも、獰猛どうもうな笑い上戸じょうことくる。

「うわぁぁん、なにこれ美味しい。私みたいなうらぶれた女が飲んでいいのですか、神様ぁぁ!」

 セルマは、感激、感涙する泣き上戸じょうこ。涙とともに、汚れちまった悲しみも洗い流されたのか若干若返った純情な面影さえある。

「うむ、確かに美味い。あれじゃよ、あれ、ワシに息子が千人いたとしても、真先に教えてやる人間としての道は、水っぽい酒は避けろじゃな、飲むならこういう濃厚な美酒に限る。そもそも、蒸留とは……」

 ローランドは、更に理屈っぽくなる酔い方だった。今、飲んでいる蒸留酒のウンチクを披露している。やけに、もっともらしい酒にまつわる格言やらを披露する辺りインテリであるのは事実のようだ。

 すでに、待望の酒が入り上機嫌になっている仲間たちを尻目にバイロンは一人酒蔵のすみにある年代物の高級そうな棚を漁っていた。他の棚と違い、バイロンがまさぐっている棚には由緒ある伯爵家の紋章がレリーフとして彫られていた。

 一見してこの酒蔵の中でも秘蔵の酒が隠されている。そんなところだった。

「どうした、大将!飲まないのか?こんなにより取り見取りだってのに」

 上物の赤ワインを同じく高そうなグラスで手酌しながら、エヴァンはへらへら笑ていた。対するバイロンは不敵な笑みを浮べていた。

「だからこそだ。飲みたくて飲みたくて仕方がないからこそ、その渇きはとっておきの美酒で満たしたいのよぉ」

 バイロンは酒瓶を次から次へと品定めする。どれも高級そうな年代物で飲んで外れということはなさそうで、今すぐ飲んでしまいたくなる葛藤を抑えるのに必死だった。

「おお、これだ」

 棚の奥深くにあったややカビ臭い瓶をバイロンは探し当てていた。ひと目見て、バイロンはピンときた。

 最も古く熟成された酒で、これぞ勝利の美酒だと。

 恐らくは、果実酒なのだろう。瓶の中には種つきの果実がスライスされていることが薄らと確認できた。すっかり陽気なお調子者になったエヴァンが顔を突っ込む。

「おおっ、こりゃ果実酒ですかい」

「おう、瓶の様子からしてきっと熟成された年代物だ。やっぱし俺はついてる!」

「たしかに、これは相当の年代もんじゃわい。見たところカリン酒のようじゃな」

 上機嫌でバイロンはナイフで酒瓶の栓をこじ開ける。と同時に、豊潤ほうじゅんな香りがバイロンの鼻孔を祝福してくれていると実感できた。

「へへっ、改めて乾杯!」

 バイロンは上機嫌に瓶を勢い良く天井へと掲げ、瓶の口を豪快に自身の口に突っ込み瓶の底部を天上へと向けたのだった。

 つまりはラッパ飲みである。

 今度は口に広がるは甘美なる味わいが、バイロンに勝利の実感をもたらすはずだった。

「うごっ!!」

 瞬間、バイロンの背筋が凍った。

 勝利の瞬間に酔いしれようとした瞬間、嫌に固い塊がバイロンの喉笛のどぶえを塞いでいたのだった。

「うえぇぇって……アンタ、どうしたのよ?」

 泣き上戸を一端中断したセルマの声に、バイロンは大丈夫だとばかりに手で制し、もう片方の手で胸を摩る。ゴクリという音がして、バイロンはむせながらも安堵の笑顔をつくる。

「ゲホッ……ゲホッ。くそ、果物に残ってた種が……喉に詰まった……」

「慌てて、ラッパ飲みなんかするからじゃ。そもそもラッパ飲みなんてものは……」

「そう言うなじいさん。こちとら一週間酒にありつけてないんだから。はしゃぎもするさ」

「ヒャヒャ、そうこなくっちゃ」

「うんうん。分かるわぁ、その気持ち。えぐっ、えぐ……」

 バイロンの弁目に納得したのか、セルマは泣き上戸じょうこを再開し、エヴァンは馬鹿笑い、ローランドは一人で酒の講義でも始めているようだった。皆思い思いの酒瓶に手を付けこれまでの憂さを洗い流すように酒を飲んでいる。

 こんな簡単に、お目当てのものが見つかるなんてバイロンも思ってみなかった。

 まぁ、酒にありつけるなら、それはそれでどうでもいいことだった。

 後は適当に飲み明かしたら、残った酒をギルドの支部へと持って行けばいい。結局ダンジョンに巣食うモンスターもいなかったし、これならダンジョンに入った時点でこの酒蔵にある財産、すなわちここの酒はバイロンたちのものに決まったも同然だった。

 ここの酒を全て運びだし、それを四等分してツケを払いきったとしても十二分にお釣りが来るだろう。

「まったく、酒が美味けりゃ。言うことなしだ。コノヤロー」

 上機嫌に酒瓶を掲げるバイロンに仲間たちも陽気に応える。

 まったく、今日は今までの人生で一番ついてるかもしれん。あまりにも幸運すぎて、バイロンは薄ら怖いとさえ思った。

 そんな得体のしれない不安も、酒で飲みこんでしまえばいい。何もかも酒に飲み込んでしまえばよいのだった。

 バイロンもまた先ほどの果実酒を全てラッパ飲みしてしまい、次から次へと酒瓶やら酒樽に手を付けている。

 が、バイロンは何がしかの違和感を感じ取った。

「それにしても、これだけ飲んでも酔いが回ってこない。体が酒に慣れ過ぎたか」

「ハハッ旦那今まで、禁欲生活だったんでしょ、その反動で少しの酒じゃ酔えないとか。酔うまで飲めばいいんだよ」

「まっ、それもそうだな」

 エヴァンが茶化すようにバイロンに同意すると、バイロンもまた気安く同意して再び上機嫌で別の酒瓶に手を出そうとしたのだった。

 その直後、バイロンの足元がぐらつく。

 まだほろ酔い気分にも達していないのに、いきなり泥酔するくらい飲んだのだろうか、とバイロンが思うと同時仲間たちも、酒蔵の棚や酒瓶までも震えている。

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