四人のアル中冒険者

 この街は小さい。

 冒険者のギルドを兼ねている酒場は「アルコール王とその宰相亭」だけだ。

 お蔭で酒場に集まる冒険者たちの顔と名前も、概ねバイロンは覚えていた。

 冒険者というやつは概して酒飲みだが、その中でも単なる酒好きや大酒飲みというだけでは済まない、一杯の酒の為に命を差し出すような度し難い破綻者が、今のバイロンには仲間として必要だった。それも、三人――――

 冷え切った通りの雪を、バイロンは白い息を吐きながらブーツで小気味良く踏み固めて行った。

 ――――そんな条件に合致する人物にバイロンは心当たりがあるにはあった。そして、バイロンが思っていた以上に仲間さがしは簡単に済んだ。

 雪がようやく止み、昼になり太陽が顔を出すころには、バイロンは自身と同じようなアル中でロクデナシの素晴らしい仲間たちと共に「アルコール王とその宰相亭」に戻って来ていた。


 ダンジョン攻略へ向けて四人編成のパーティーを組む場合、白兵戦に特化した者、探索能力に特化した者、魔法での攻撃に精通した者、回復役として神聖魔法に精通した者、という編成が一般的でバランスのとれた王道と言われている。

 バイロンは、酒に酔った勢いで両手剣を振り回す勇ましい戦いぶりで名をはせた男だった。必然的にバイロンは最前線で剣を振るう白兵戦担当であるとともに、クエスト発起人でもあるため指揮官も兼ねることになる。難しい役職であり、ダンジョン探索に腕の経つ探索者と遠距離から攻撃魔法で援護する魔導士、そしてもっとも負傷する確率の高いであろうバイロンの手当てを担当する神聖魔法を使う聖職者。

 この三つの役職の三名を探すことになるが、アル中の探索者、魔導士、聖職者の三名がクリスマスの朝にこの地方都市に居たのである。またしても酒の神はバイロンほほ笑んだことになる。


「おっオイラは、酒がないとだめなんだ~。どれくらいダメかってーと、ま……まともに盗みも働けねぇ。でっでも、この一杯のお蔭で今日も立ち上がれる」

 エヴァン・グリーンウッド。

 剛毛の黒髪、ブラウンの瞳、小柄であり、卑屈そうなジト目をしている。年は、二十代半ばかそれ以上、生来の卑屈さのせいか実際よりも老け込んで見える。

 元は真面目で冒険など好みそうにない小心者だったのだろう。ところどころどもった喋り方になって歯切れが悪いことからも察することができる。何かの拍子で犯罪に手を染めてしまい、後は酒で憂さを晴らし弱い自分を鼓舞こぶする。典型的な依存者だとバイロンは見ている。

 ダンジョンでの探索役を担う。要約すると盗賊とも言う。目端の利く器用な犯罪者も受け入れるのは冒険者ギルドでは日常茶飯事であった。


「フン、きっと天国に酒はないのよ。だったら、生きてる内に飲んでおくしかないじゃない。まぁ、どっちにしても私は天国に行けやしないけど。それよりコレ良いわね、地獄への通行証かしらん」

 セルマ・アヴァロン。

 明るい茶色のセミロング、とび色の瞳はどこか上品で、生来は育ちの良い快活で健康的な少女だったのかもしれない。厚化粧のため年齢は不詳ふしょうであるが、三十路に届くか届かないといったところだと、バイロンは推測している。本人いわく、元修道女で娼婦に転落したらしい。そこから更に冒険者へ転落した経緯はよくある話ではある。バイロンから受け取ったグラスで一気にスコッチをあおるセルマの横顔が一瞬、切なく見えたのはこれまでの悲しみを酒で抑え込もうとする人間の悔悟かいごにも見て取れた。


「あれじゃよ、あれ、人間という奴は、年とともにこの一杯のスコッチように人間が円熟すると思っている。現実は、酢になるのがせいぜいのところじゃがな……」

 ローランド・ベイツ。

 顔は皺くちゃ、体は猫背で、清々しいほどに禿げ上がった額。年齢はやはり分からないが、若く見たとしても七十は越えているものと思われる。残った髪は当然白髪。

 昔は有名大学で独自の魔法理論を創り出したらしい。もっともすぐに教会から異端者扱いを受け地位も名誉も失ったらしい。その栄光と挫折ざせつの経歴はウソかホントか、バイロンにとってはどうだっていい。ローランドはどうみても、浮浪者だった。それでも、魔導士としての最後の誇りがまだ残っているのか、魔導書と杖はいまだ手放していない。


 三人とも喜んで、バイロンから一杯分のスコッチを貰いあおった。もっとも、既に体がアルコール漬けになった体には一杯分の酒で酔うには至らず、せいぜい少しばかりの気晴らしになったに過ぎなかった。それでも、三人とも死んだ目に冒険者らしい闘争心という火種が灯ったようで、酒の誘惑に抗ったバイロンにとっては頼もしい限りであった。

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