闇の中で

 黒い精霊ブラックスピリッツはなぜか月光のない新月ではなく三日月の日に現れるといわれている


 それは黒い空間にみえる黒い精霊ブラックスピリッツしか使えない広範囲魔法〝幻想の牢獄《パラノイア》〟で月の光を遮り、上手く嵌まった獲物を見て嗤う口元が三日月に似ているからと言われている

 幻想の牢獄パラノイアの弱点は術の対象者に実行可能な条件を与え、揃えば必ず脱出できるようになっていること

 条件は術者が決めるので有利にみえるが、空間内にヒントを残さなければならないのでフェアな勝負にもみえる

 だが、逆に条件が分からなければ一生、幻想の牢獄パラノイアに閉じ込められる

 もし幻想の牢獄パラノイアが解ければ黒い精霊ブラックスピリッツがどうなるかは知らされていない


 なので新月の夜は結界作用がある精霊力スピリッツフォースにより、鈴蘭をモチーフにされた街灯〝守灯ガード・ライト〟が淡いけれど、広範囲に光が届くようになっている

 開いてる店は闇がないよう設置した街灯の通路に面した場所と交番のみ

 この街に交番は3箇所ある

 1番近いのは商店街にある交番で、そこに向かって夜特有の寒気を感じながら走る

 ふと、後ろに気配がしない事に気付き振り替えるが黒い精霊ブラックスピリッツは追ってくるどころか姿すら見えない



(目的は俺じゃなかったと思いたい……)



 夜に思わず目を細めてしまうほど光輝く商店街の門の横に交番はあった

 急いでいたので勢いに任せてガラスドアを開けてしまった

 だが、緊急事態なので仕事をしていたとしてもお構い無しに遠慮なく中に入った



「すみまっ……せん……」



 そして、中のようすを見たときに驚愕した

 そこには二人の緑の精霊エメラルドスピリッツが居た

 1人は男性の警官は書類を書いてる体制でいて、もう1人は褐色の肌に薄黄色の着物を着た少女が綺麗に椅子に座って静かに目を閉じている

 どちらも驚いたが俺が注目したのは異彩を放つ少女ではなく警官の方だ

 警官が居るのは当たり前だが、警官は書類を書いている所で動きが止まっていた


 この絵面も衝撃的だが、動きが止まっていることに一瞬、夢かと思うほど驚いた



(これは……黒い精霊ブラックスピリッツの仕業なのか?

 他の人も同じ状態なのか?)


 ▼▼▼


 一瞬だが、考えに集中したのもあったからか、少年は注意が散漫になっていた

 開けっぱなしにしていたガラスドアから街を覆うものと違う〝黒いもや〟が這いずる様に入っていく

 黒い精霊ブラックスピリッツは追ってなかった訳ではなく機会を伺っていた

 隠れながら気配を消して、追いかけられていた事に気付かれないように、そっと夜の闇に紛れて

〝黒いもや〟は音をたてずに女性の姿を形作り、そっと少年の肩に手を置いた


「!? 」


「あっ驚かせてしまったかしらっ!

ごめんなさい!!」


 少年が驚いて振り返って見れば、既に〝黒い何か〟ではなく〝茶髪茶瞳の女性〟つまり少年と同じ人類が居た

女性はきっちり45度の傾きで頭を下げている


(いたのか……俺以外にも……)


 “俺以外にも”というのは葬式が始まって数日後、少年の前に現れた役人が言った言葉から出たものだ


「あなた以外の人類が存在しない場合があります」


 他人事の様に聞こえた言葉

 これが少年が人類の存続が本格的に危うくなっていると知った瞬間だった

 日本には元々少なかったのであまりニュースにされていない

 当然、今の少年に親戚はいない

 心に喪失感が既にあったせいか種族最後の1人かもしれないと言われても実感がなかった


(人類がいないからなんだ?

 結局、俺が独りなのが証明されただけだ)


 というより気にしてもいなかった

 今、思い出したがこの人はその事を知っているんだろうか?

 だが、それよりも反応しなければ


「……そうですか」


 久しぶりに人と話すせいか、それともどうでも良かったのか素っ気なく言葉を返した

 だが、会話は成り立った


「はい、なので貴方には人類保護法に従って政府の施設に引っ越してほしいのです」


 現実は酷い

 父さんと暮らしてきた思い出の場所さえ奪う


「……どうしてですか?」


「引っ越す際の代金はこちらで支払わさせていただきます

 このままでは貴方をお守りすることができませんので」


「守る?

 父さんは、機能を過信した妖精に殺されたのに?」


 後から思うと八つ当たりをしたかったのかもしれない

 兎に角、この言葉で何かが切れた音がした


「守るとか言って……!これ以上!!

 俺から大切なものを奪われてたまるか!!」


 役人の人は黙っていた

 なぜか喧嘩していたとき反論して黙ってしまった少年の父さんと被った


 それでイライラが増し、怒鳴り散らすように言った


「……もう帰ってくれ

 守らなくていいから……どうでもいいから」


「そうですか

 それでは念のため人類保護法についての書類を置いておきます」


 役人に一言、失礼しますと言って帰っていった


 この時が運命の分岐点だと知らずに


 ▽▽▽


 俺は予想もしなかった……しかも女性にあってどうすればいいか分からなくなった

 なので通常で初めにすべきことをした


「俺は大丈夫……です

 えっと、俺は晃正こうせい

 伊吹いぶき晃正です……あなたは?」


「私は岸里 光きしさと ひかりです」


(母さんと同じ名前……)


 少し日常に近い会話ができたからか少し冷静になった

 名前の晃は母さんの“光”と父さんの“日”をとって名前をつけたとしつこくいわれたので覚えていた


「……岸里さんとお呼びしても?」


「えぇ、私は……」


何か考えるようにして意を決したように言った


「晃くんって呼んでいい?」


「えぇ」


なぜだか嬉しそうにはにかんだ笑顔を浮かべた


(……? なんだ?

 この懐かしいような心地よさは)


 この場に合わない異様な気分を味わうが直ぐにこれからどうすべきか考える


(まずはこの人と一緒に幻想の牢獄パラノイアから出よう)


 俺は改めて固まって動かない警察官と少女を見た


 この時、違和感を感じた

 何処がと言われると分からないが確かにする、恐らく緑の精霊エメラルドスピリッツの少女に何かしらの変化が……


「どうしたの?」


「いえ何も……少し移動しませんか?

 色々と話し合ったほうが幻想の牢獄パラノイアから出られると思いますし」


「そうね長居してアレに見つかったりしたら嫌だしね」


 行くなら何処が良いか考えた

 商店街なら守灯ガード・ライトが多くて安全かもしれない


 守られず固まった人もいるが


「じゃあ商店街にしましょう」


「……そうね、でも1ついいかしら」


「なんですか?」


岸里さんは先程とは少し違うように思い悩んでから言った


「私達に害は無いけど今、聞いてくれる?」


「はい」


「……この目で確かに見たわ

この人達がこうやって止まっているのは守灯ガード・ライトのせいなの」

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幻想の黙示録 天夜 未可 @gazania

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