第11話 代数学基礎講座
「まずは関係だ。」
関係ですか。あのラブコメとかで出る。そんなものはもう知っているよ。そう心の中で言いながら話を聞いた。
「そう。関係って、工藤くんは何だと思う?」
さあ。なんだろうか。関係というのは、ラブコメそのものではなかったような気がするが、高校生の僕には他に関係という文字を見たことはない。
「さあ。じゃなくて、少しは喰らい付こうよ。一人で関係はできるかい?」
あ、そうか。二人以上でないとできないんだ。確かにそう言われてみればそうだ。やっぱり教授となると頭がいい。
「そう。では、関係はなぜ関係と呼ばれているか。」
うーん。わからない。またしてもこの発言だ。そもそも関係を二回使うなんて頭の良すぎる証拠だ。全く羨ましい。
「まことくんは友達いる?」
います。そりゃいますよ。なりとか、他にも一緒に遊ぶ友達いますし。たまに誘われるんだよね僕。はっきり言って影の人気者ですね。
「関係してどうだい?」
いいと思います。友達がいることは大事です。一緒に弁当食ったり、学食行ったりおしゃべりしたり。キャッチボールだって一人じゃできません。
「嬉しくなる?いい刺激?」
はい。キャッチボールをやった後は気分いいです。途中で話を挟みながら投げて、受けたらそれに答えて。面白いです。
「変化があるから関係は関係と呼ばれているんだよね。」
ふーん。あの、教授。僕は思ったことを口にしたくなった。こんなこと言っていいのかわからないけども……。
「なんだい。」
今やってんのって、なんか哲学っぽくて、数学って感じじゃないんですけど。いつ数学は始まるんですか。
「まあ。最初のウォーミングアップみたいなものかな。」
はあ。わかりました。なんか教授は教える気があるのかないのかわからないけど、哲学ってかっこいいから、もうちょっと聞いていてみよう。
「じゃあこう考えてみよう。変化がなくても関係は関係か。」
違うんではないですか。たった今そう言ってましたけど。でもこの言い方だと変化しない関係もあるのかなあ。
「じゃあ、こういうケースを考えてみよう。1つのベンチがあったとする。男女が座っている。男の方はよくしゃべっているようだが、もう片方の女性は黙って話を聞くだけ。表情1つ変えない。男はいつの日も喋りかけていた。これは関係かな?」
変化がないなら関係じゃないんじゃないですか?もっと楽しませる方法を、男は知るべきだと思います。
「本当にそう思っているかい?」
いや、冗談です。えーと、なんか先生の話は哲学でもないような気がします。男のおしゃべりみたいなもののような。
「ばれたか。もうちょっとだけ話を聞いてくれ。」
いいですよ。僕は快くその依頼を受けた。どうせ暇なのだ。どうせ逃げられないし。おしゃべりは一応できるから。
「男と男がいて、片方が喋っている。もう片方がニヤニヤしながら何か言うと、前者が黙りこくってしまった。これは関係かな?」
悪口でしょ。関係じゃないですよ。何を急におっしゃっているんですか教授。悪口は快くないですよ。
「ごめん。話の続きがまだあった。」
関係か聞いたじゃないですか。おっと。調子に乗って突っ込みすぎると失礼だ。この辺でやめておこう。
「次の日、前者は後者に感謝の言葉を述べた。きつい言葉が胸に届いて、生まれ変われた気分だった。これはどうだい。」
そんなことって、ドラマの中だけじゃないですか?僕は喧嘩なんてしたくないですけど。教授はあると思っているんですか。
「あるんだよ。一応はね。いい悪いは抜きにして。これも関係だと、僕は思っている。」
ふーん。ちょっと疑問に思ったけど、そう言う人もいるんだな。教授は賢いから、なんでも一緒くたにできるんだろう。
「では、本題に移ろう。今、関係という足し算がここにあると思ってくれ。」
足し算が関係ですか。足し算は計算じゃなかったのか。掛け算というならわかるけど足し算はある意味ダイレクトすぎるんじゃないかな。
「2つ以上の何かを必要とするのが関係だから、これは関係と呼べる。」
あ、もしかしてそのために先の演説があったんですか?ただ喋っていたわけではないんだ。偉そうな話ぶりだったから、巨大な前振りかと思った。
「そ。1+1=2は関係だね。さて。男女のベンチの件だが。」
はい。黙ってましたね。女性の方が。二人の関係は恋愛でいいのだろうか。すっかり聞きそびれているな。
「3+0=3。何も変わらなくても関係と数学では呼ぶわけだ。このゼロは単位元と呼ぶ。」
じゃあ、この女性は単位元ですか。単位元という言葉が、僕の初めての記憶だったように思われた。
「そう。」
くだらない話をしましたね。こんなの単位元と教えれば覚えたでしょうに。なんでこんなことしたんだか。
「なんでこんなことしてるかわかるかい?」
なんでですか?なにやらもったいない時間の使い方をされたようで、僕は呆れ顔を隠すのが精一杯だった。
「はじめにあった時にもう言っているよ。緊張して向き合うなって。」
ニコッと教授は笑った。
そうだ。きっと単位元だけ聞いていたら、なんでこんなことに付き合わなきゃいけないんだと思いながら聞いていたに違いない。少なくともそういうことはわかっているつもりだ。「初めて」の記憶は、私に悪い印象を植え付ける間も無く、私の心に響いた。
じゃ、例の偽悪人は。
「マイナスだね。足すとゼロになる元だ。これを逆元という。何か気づいたかい。ふつうマイナスは逆、ないはゼロと教えるんだが、今日は足し算するとどうなるかという見方からゼロとマイナスを説明したんだ。関係が先立つ数学が代数学の基礎にある。」
変わらないが単位元。単位元になるが逆元か。単位元。逆元。よし。覚えたぞ。なんか久しぶりに楽しくなってきた。
「今日はここまでにしよう。」
こんな感じで勉強は続いた。久しぶりに楽しくなってきていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます