第5話 空を飛ぶ

 漫画を買ってみるか。

 そう思い立ったのはついさっきのことだった。近所に商店街があるので本には事欠かなかった。もちろん、本といってもいつも漫画の類しか買わないのだが。

 ない。

 何もない。

 買いたい漫画が一冊も見当たらない。

 なんてことだ。とうとう来る時が来てしまった。もうやることの一個も見つけられない。

 どうしようかなと思っている時だった。ポケットに入れていた指輪が小さい音を発している。キーンとしたその音を発してから、ゆっくりとポケットの中で指輪は浮遊し動き出した。ポケットを引っ張るということは、ジャンバーを引っ張るということである。それすなわち僕自身も引っ張られるということだった。

 ちょっと、待て、うわわっ。

 急いで指輪を捨てる。

 すると、

「つぎのフェイズに移行します。」と指輪が喋る。直径を軸に回転すると、軌道を放物線ではない軌道に変えて、僕の指にすっぽりとはいった。ゲームで言うなら、呪いの装備品と言ったところか。

「え!」

 すると僕全身は光り出して、ひゅうと空を飛んだ。と、文章で書くなら簡単にふわっと浮いているところを考えるかもしれないが、すごい風を感じる。それは車の安全運転速度を超えていた。息が普通にできるのが不思議なくらいだ。これも指輪のせいなのだろう。

「わー!なんだなんだ!?」

 次第に指輪はそのスピードを失い、ゆっくりと地上へと、僕を誘った。たどり着いた先は、隣町の大きな本屋だった。わざわざ隣町の本屋に来るくらい、本を買わせてやりたかったということなのだろうか。と、思ったら指輪が外れた。拾ってやると。

「お探しの本はここでいいはずです。大丈夫です。漫画もありますから。ただ一つ、手にとって見てほしい本があるんです。」

 なんだそりゃ。一体指輪にはなんの用があったんだろう。剣を抜くのではなく、本を手に取るということは、僕を魔法使いか何かにしたいのだろうか。

「きっと気にいるはずです。」

 本屋の中には自分が探していた本があった。「恋ってなんですか」というラブコメ少年漫画だ。手にとってレジに向かう途中。

 本棚のある一帯が光っていることに気づいた。

「あれ?ここって……。」

 数学書の本棚が光っている。もしや。

 いや、数学書なんて興味ないし。

「ごめんなさい。見るだけ見てください。あまり手荒なことはしたくないので。」

 お前俺をどうしたいんだ。まどろっこしい手を使わないではっきり言ってみたらどうなんだ。いや、やっぱりやめてくれ、怖いから。

「ごめんなさい。」

 指輪は体良く謝った。素直なんだか強情なんだかはっきりしろ、と罵る手前で。疲れるうえに相手にしたくはならない相手と話しているようなものだ。

「どうしたんですか?」

 店員さんが心配して来てくれた。指輪が喋る。

「すいません。彼をあの光っている本のところまで。」

「あら。この指輪コンピュータでも内蔵されてるの?ちょっと待っててね。」

 気づくと、本棚は光っていなくて、本一冊だけが光っている。店員さんが取りに行ってくれた。よく見ると、そんなに年を取っていない。とかそういうことはどうでもいいんだ。

「はい。目的の本。」

 ありがとう。これでいいのか。この中に何か役に立つ魔法でも書いてあるのか?僕に教えてほしいもんだ、いややっぱりいい、やな予感しかしない。

「見るだけでいいので。大丈夫。ただの本です。」

 指輪があんまりにもうるさいのと、恐ろしいので、本当かと確認を取った後、店員さんの前で開いてみた。

 そこには、Qがたくさんあった。ひょっとしての運命だった。

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