第2話


「? どうかされましたか?」

「えっ……」


 その人を見た瞬間、私は「美人な」と位置付けた。しかし、そんな人から、突然『流暢りゅうちょうな日本語』が聞こえてきたら、普通は驚くはずだ。当然、私も驚いた。


「てっきりあたしに声かけたのかと思っていたのですが、間違っていましたか?」

「いえ、すみません」


「いえいえ……ところで、何かご用ですか?」

「えっと……」


(正直、こんな事を聞くのもどうかと思うけど)


「?」

「あの、商品って何か残っていますか? その為に来たんですけど……」


「……!」


 私の質問にその人は驚いた様に目を丸くした。普通、大体のはお店注文された以外の『商品』があるはずだ。だが、このお店の場合はそうじゃない。まず、その商品が分からないのだ。


 それはなぜか……。実はこのお店が基本的に「一点モノ」作らない。


 もちろん、注文を受けた以外の『商品』も作る。が、あまりない。その為、すぐになくなってしまう。しかも、売り切れたからといって補充はない。


(それにこのお店、日曜日も祝日も休みだし……)


 週末が休みの人や学生にとってはたまったものではない。だから、土曜日の今日。わざわざ走ってここまでやって来たのだ。


「そうですか。ですが、申し訳ございません。今日はもう売り切れてしまいまして……」


 季節のわりに、なぜかの額から流れている私の汗に気が付いたのか、その人は申し訳なさそうな顔で言った。


「そう、ですか」


 この人から聞いた話によると、今日は全て売り切れてしまい、そろそろお店の看板を片付けようと外に出てきたところを私が声をかけらしい。


(でも、売り切れか)


「……どうしよう」

「えっ?」


「あっ」

(ヤバい!)


 私は、思わず気が抜けた瞬間に出た自分の声に驚き、すぐに口を両手でふさいだ……のだが、今更誤魔化ごまかそうとしても『後の祭り』というヤツだ。


「……どうしても欲しかったの?」


 その証拠にその人は私の言葉を聞き、すぐ聞き返してきたのだから……。


「はっ、はい」

(ちっ、近い……)


 しかも、ただ聞き返してきた……だけでなく、なぜか言葉遣いも変え、美人オーラを発しながら顔を近づけた。しかし、そのオーラに圧倒されながらも私は必死に肯定した。


 そう、そのオーラに気圧けおされてでも、チョコレートが欲しい『理由』が私にはあったのだ。


「……なぜ?」


(なぜ? ……って)


 改まって聞かれると、正直困ってしまう。その理由は、言葉で説明をするだけなら簡単だ。


 しかし、言葉だけで説明出来ても、そこに含まれている気持ちは、決して簡単には説明が出来なかった。


(でも、説明するなら)


『なんで? なんで……あんたが!』


(私はただ……)


「彼を……おうえんしたくて」

「…………」


 私は必死に言葉を探し、なんとかその言葉を見つけた。しかし、なぜかその人は何も言わず、黙ったままだった。その沈黙がとても辛かった。


「……うーん」


 そして、その人は今度は小さく唸ると、たたんでいた看板を片手に持ち、もう片方の手をお店の扉にかけた。


「??」

「どうしたの、早く入りなさい?」


「えっ?」

(……入りなさい?)


 突然言われたその言葉に、私はただ茫然ぼうぜんと突っ立っているだけだった。


「んっもう! いいから来なさい!」


 その人は、苛立ちながら私の腕を引っ張った。


「えっ、あの!」


 そのまま私は引っ張られるがまま、半ば強引にお店の中に入って行った。

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