第5話
父さんは仕事に没頭し……というところは一見何も変わっていないように見えた。
だが、その仕事内容は……私が知っているモノとは全然違った。人手が足りないせいなのか『書類整理』など『雑務』も一手に引き受けた結果である。
そして、一方の母さんは……というと……必死に仕事をしている父さんとは打って変わって『何もしていない』。
いや、家事はしていたな――。
「兄さんがいれば……」
立場上は『アルバイト』だった。しかし、最先端の流行などの情報を集め、それらを社員に提示し、意見を求め、反映されていた。
周囲の人たちには旧態依然の保守的な考えの人も……というか、父さんがまさしくそんな人だったが、兄さんは根気強く会話を積み重ねた。
もちろん。全てを認められて訳ではなかったが、兄さんの『おかげ』というモノもあった事は事実で、それに呼応する様に会社の業績も上がった。
それに、兄さんがいてもいなくても母さんの態度は変わらず……いや、むしろひどくなっていた。
「…………」
今思えば『何か』起きた時や悩んでいる時はいつも兄さんは私にたった一言だったが、励ましや助言をくれた。
「……
確か意味は『他人の忠告は素直に聞き入れられないモノ』だったはずだ。
この言葉は、家出をした日の授業で先生が言っていた『言葉』だ。その前に小春から忠告を受けていた訳だが……。
「本当に……」
しかし、家に帰った時。疲れた表情の私に対し兄さんは「あまり頑張り過ぎるな」と言った。
でも、あの時の私にはその言葉すら煩わしく感じられてしまったのだ。
「その結果……」
――兄さんのいない世界に、私はいる。
しかし、兄さんがいなくなってもどうしても人は『他人と比べる』という事を止めない。それはもう『人間の
「ん? あっ、あれ?」
すっと下を向いて歩いていたせいだったからなのか、ふと気が付くと私は『例の公園』の前にいた。
確かに今日はあまり家に帰りたい気分ではなかった。
だから、回り道をしていたのも確かである。しかし、この公園に向かって歩いていた覚えはない。
『……ようやく来たね。待っていたよ』
「あっ、あんたは」
一瞬辺りをキョロキョロしていただけなのに、いつの間に目の前に現れたのは、私を突然この世界に引っ張って来た少年だった。
『どうかな、この世界。君の望み通りだと思っているけど』
「確かに私の望んだ世界よ。まさか兄さんがいないってだけで、こうも『結果』が違うなんてね」
『でもさ。それって君の小さな世界から見れば……って話だよね。大きな目で見れば何の変化もない』
――大きく見れば……。
それは『日本』や『世界』はたまた『地球全体』ぐらいの大きな単位で見れば、人が一人いようがいまいがそんなに大きな影響は出ない……。そんな事は気にせず世界は回る……と言いたのだろう。
「そうかもね。でも……」
少年のいう『ちっぽけな世界』にはどうしても『必要』だった。
『でも?』
この世界は何が必要で、そうじゃないかすらも分からない。そんな不条理な事ばかりが起こる。時には理不尽も不公平も……予期せぬタイミングで起きる。
「やっぱり、私には兄さんが必要だった。なくしてから気づくなんて……遅すぎると思うけど」
正直「自分で望んでおきながら……」とか「今更虫の良い事を……」と言われても、文句の言いようがない。事実であるのだから。
『……遅くなんてないよ』
その少年の言葉は私が思っていた様な罵声や愚痴ではなく、意外なモノで、しかも……真顔だった。
しかし、その表情はどこかその言葉を待っていた様にも思えた。
『むしろ気が付いてくれてよかった。君たち
少年はすぐに優しい微笑みになったが、この口ぶりから察するに少年は私たちの事を知っている様に思えた。
しかし、肝心の私にこの少年に覚えがない。
「ごっ、ごめんなさい。私、あなたとどこかで……会ったかな?」
『いいよ、分からなくて。僕はただ嬉しかっただけだから。大切な事に気が付いてくれて……だから、もうこの夢の世界から覚めてもらわないと……』
「ゆっ、夢?」
『うん。ここは夢の世界だよ――』
◆ ◆ ◆
「みふゆ……美冬!」
「ん? にっ、兄さん?」
「!」
目を覚ました事に気が付いた兄さんは、私を思いっきり抱きしめた。
「ムグ……。ぐっ……」
ただ、ものっすごく苦しい。
「すっ、すまん!」
すぐに我に返った兄さんは、事細かに私を病院に連れて来た経緯などを説明してくれた。どうやら私は公園で倒れていた所を発見されたらしい。
「ただ不思議な事に美冬を探している時、灰色の猫が現れたんだ」
「……」
「最初は構っているヒマはない……って、無視するつもりだったけど、どうもそいつが……俺について来いって言っている様に感じて」
「その猫の誘導に従って行った先に私がいた……と」
兄さんは無言で頷いた。
検査の結果。倒れた原因は疲労蓄積と睡眠不足。念のために細かい検査の為に検査入院をする事になるようだ。
「兄さん」
「ん?」
「私たち公園で人助けとかした事あったかな?」
「いや? 人助けはなかったはず……。あっ、捨て猫にエサをあげた事はあったな」
「捨て猫?」
「ああ。痩せてそれこそもうギリギリで生きている……って感じの。そういえば、あの猫も灰色だったな。それがどうかしたのか?」
「ううん。なんでもない」
「そうか」
そう言うと兄さんは部屋を後にした。
『本当に……いいの?』
あの少年と灰色の猫が一体どんな関係だったのかは知らない。でも、私が『兄さんのいない世界』を望んだ時、あの人は確かにそう言った。
決して悪くは言わない。深く追求もしない。しかし、あの時の言葉も……今にして思えば一種の『忠告』だったのだろう。
『君たち
喧嘩する事もたまにあると思うが、それらも含めてこれからはもう少し、兄さんと仲よくしよう。
せっかくの……兄妹なのだから――。
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