第4話


『でも、本当に……いいの?』


「なっ、何が……」

『お兄さんのいない世界に行きたいって話』


「そっ、そりゃあ……まぁ」

『だったら……僕が連れて行ってあげるよ』


 最初は「何、言っているんだ?」という言葉が浮かんだが、それ以上にこの少年が誰なのかすら全然分からない。


「えっ、ちょっ……ちょっと待っ」

『そんじゃ、行ってらっしゃい』


 たった一言。「待って」と言う暇もなく……私の視界は、真っ暗。という訳でもなく、むしろさっき見上げた星空で覆われた――。


◆  ◆  ◆


「ん……ぅん?」

「あっ、目が覚めた。よかったぁ」


「え……。小春? どうしてここに……」

「どうしたも何も……ここは学校だよ?」


 キョトンとした顔で答えた小春に思わず立ち上がり、辺りを見渡した……が、確かにその光景はいつもの教室だった。


「でも、よかったぁ」

「え、なっ何が?」


「まぁまぁとりあえず座って」

「あっ、うん」


 突然立ち上がった事で、周りの人たちの注目を集めてしまっていた私に対し、小春は落ち着くように促した。


「いやだってさ。あんまりにも起きないから」

「ごっ、ごめん」


 そこは素直に謝っておこう。


「でもまぁ、最近は……家の方が大変だって言っていたからねぇ」

「えっ……と? そっ、そうね」


 曖昧な返事になったが、会社が忙しいのは『いつもの事』だ。


「それなのに『バイト』やって生徒会やってテストも上位キープ……って、そりゃあ疲れちゃうよねぇ」

「えっ、バイト? バイト……って、私が?」


「うん……。自分で言っていたじゃん。美冬の会社。事業縮小とかで会社全体の売り上げが落ち込んで……って自分で言っていたじゃない」

「そっ、そうだっけ?」


「そうだよ」

「…………」


 小春の言っている事は正直、信じることも出来ないし、そもそも理解に苦しむ話だったが、この口ぶりに嘘や偽りがあるようには見えなかった。


「じゃっ、じゃあ兄さんも大変ね。まさか会社がそんな状態になるなんて思いもしなかっただろうし」


 この時。完全に無意識だったが、「兄さんがいるにも関わらず、そんな事業縮小なんて……」と心の中で思っていた事が言葉に出てしまっていた。


「……え?」


 なぜか小春の様子がおかしい。


「えっ、美冬。お兄さん……って?」

「? 文弥ふみや兄さんの事だけど……」


 今度は私が、キョトンとした顔になった。


「間違っていたら……ごっ、ごめん。美冬にお兄さん……っていた?」

「え……ほっ、ほら携帯の待ち受けになっている家族写真にも……」


 そう言って携帯電話の待ち受けになっている家族写真を小春に見せようと画面を開くと……。


「あっ、あれ? なっ……なんで?」


 確かに画面には『家族写真』が表示された。しかし、その中に……兄さんの姿はなく、両親と私だけが映し出されていた――。


「…………」


 あまりに衝撃的な事実に私は思わず言葉を失った。


 だって、突然目が覚めたら……今度は突然、教室にいて……しかも、なぜかこの世界の私はバイトをしていて、その理由が親の会社の売り上げが落ちているからで……。


 そして、極めつけに家族の一人である『金村かねむら 文弥ふみや』の存在が……消えてしまっていた。


 こんな事実……とてもすぐには……受け入れられそうにもなかった――。


◆  ◆  ◆


 「…………」


 しかし、いくらその人がその人を受け入れようが受け入れられまいが『時間』というモノは無情にも過ぎ去る。


 アルバイトも……まぁ、小春と一緒だったこともあり、最初は戸惑って上手くいかないもあった。


 でも、その辺は……自分でいうのもあれだが持ち前の『器用さ』と『慣れ』でなんとなかなった。学校生活も何も支障はない……。

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