第5話


「あの猫が言いたかった事……なんとなく分かった気がするなぁ」


 どんなに綺麗でも、他の人がいくら良いモノだと言われても……現にそうだったとしても、器が小さくては意味がない。


「……今からでも間に合うかな」


 若干の疑問と不安は残るが、やってみるしかない。私は早速行動に移すことにしたのだった。


◆  ◆  ◆


「ほら! 走って! 急ぐよ!」

「待ってください。先輩」


 春の桜が咲く頃――――。


 私と瑞貴みずきは公園を走っていた。この公園を走り抜けた方が、駅にはとても近いのだ。


 今日から私は、美術学校の生徒になる。つまり『美大生』になる……ということだ。ちなみに今回は瑞貴みずきと同じ学年になる。


 つまり、同級生になるのだ。


 そんな状況になるので「私たち同級生になるんだから、敬語じゃなくてもいいんじゃない?」と言ったが「いいえ、そこは譲れません」と頑なに拒否されてしまった。


 どうやら瑞貴みずきは意外に頑固かも知れない。


「でも、驚きました。まさかコンクールに出品してしかも入選するとは」

「まぁ、私自身も驚いたけど、おかげ様で美大に行かせてもらえるんだから嬉しい話だよね」


 そう私は、冬に出した作品でとあるコンクールで入選した。そして「コレは幸い」とその結果を片手に両親に直接交渉したのだ。


「しかし、わざわざ美大に行かなくても……」


 コレは両親に交渉したときにも言われたし、分からないわけでもない。


「うーん。私としては、とりあえず色々な事を学びたいって思ったんだよ」

「学びたい……ですか?」


「うん。とにもかくにも私は知らないことが多すぎるって思ったのもあるし、その学んだ事をいかせたら……って思って」

「そうなんですか……あっ」


「ん?」


 ふと瑞貴みずきが足を止めた先には……あの不思議な黒猫がのんきにあくびをしていた。


「そういえば、入選された作品も猫が描かれていましたね」

「あー、そうだった……って! 早くしないと遅れるって!」


 そう言って私は瑞貴の手を引っ張り、バタバタと公園を走り抜けていった――。


「…………」


 私があの日、捨てたのは……一般的には『自尊心』と呼ばれるモノだろう。


 でも、絵に対しての『プライド』や『こだわり』は依然として変わりない。ただ、やはり一から何かを学ぶには多少の『謙虚さ』も必要だ。


 だから、『自尊心』なんてモノはいらない。そして、これからは自分の作品にそれらをいかしたいと思った。


 私は今、目の前に広がっている景色すら、今すぐ絵にしたいほど意欲、希望ともにあふれていた。


『フワー……』


 黒猫は、そんな私たちを尻目にあくびとノビをしていたけれども……ね。

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