第4話


「うっわ、すげぇ」


 次の日も私は公園でスケッチをしていた。学校は昨日と今日と休みである。そして、今の声は偶然見えた私のスケッチを見た通行人の一言だ。


 もう少し小さい声で呟けばいいのに……と思う所だが、今の私はとにかく気分が優れない。


「なんだろう……。私ってこんなに器の小さい人間だったかな」


 後輩の活躍すら素直に受け入れらない……。


 だからと言って、なにくそ根性で立ち上がろうともしない。過去の実績にしがみつき、無理に後輩を下に見ようとしている……そんな自分がたまらなく嫌になった。


「はぁ……」


 絵に対してのプライドは……ある。でも、それ以上に『プライド』いや、こんなに『自尊心』というこんな小さい自分を守り、自分が正しい……と正当化しようとする『プライド』を持っているとは思ってもいなかった。


「……ん?」


 そんな自分に嫌気がさしていると……どこからか勢いよく流れる水の音が聞こえて来た……。


「なんだろう」


 音を頼りに行ってみると――。


「あっ」


 そこには一匹の黒猫と……誰かが閉め忘れたらしく、勢いよく水が流れている蛇口があった。


◆  ◆  ◆


 猫は水に濡れたくないのか、ジーっと水を見たまま動く様子がない。そして、猫の下には格子状の穴が開いている受け皿があり、その受け皿の穴から水が下に流れてしまうらしく、水が溜まるような事もない。


「……」


 なんとなく水を止めた方がいいだろうと思って水を止めたが、何が気に入らなかったのか、黒猫は無言で私の横を通りすぎていった……。


「……」


 本当に猫は気まぐれでいいな……と思う。


「人の評価とか気にすることがなくて……」


 そう小さく呟いた時。トコトコと歩いていたはずの黒猫が、なぜか私の方をジーッと見ている事に気がついた。


『…………』


 何か言いたそうにも見える表情だったが、あえて何も言わない……というか、そもそも猫は話せない。それに、この黒猫は私の方を見ているだけで、鳴いてすらいない。


 ただ、この黒猫が私に『何かを言いたい、伝えたい』という事は、伝わっていた……。


「…………」


 ――不思議な気分になった。


 元々あの黒猫を見たことはあったが、決して人なつっこい印象はない。むしろ、ワザと人間と距離を取っていたように思う。


「……あの猫は、私に何を言いたかったのだろう」


 気持ちの整理がつかないままスケッチブックに向かったせいか、筆はなかなか進まなかった。


「…………」

『今、その人は絵から離れていますね。何かキッカケが……』

『昔、中庭で絵を描いていたんです。あの人みたいな絵を描きたいって……』


 昨日の帰り道、瑞貴みずきが言っていた事を思い出した。この話を聞いたときはさして気にも止めていなかったが今、思い返してみると……。


 ――あれは、私の事を言っていた?


 そう思えてしまう。自意識過剰と思われてしまうかも知れないが、瑞貴みずきがいた頃に休み時間を返上して絵を描いている様な人間は……私以外、いなかったはずだ。


 今にして思うと、瑞貴の性格はあまり自分から話すのが得意ではない。しかし、あの時は部活動の時に自分から私に声をかけてきた。


 それらを踏まえると、チラシを渡してきた意味が変わってくる……。そう、つまり瑞貴は……私に『絵』の道に来て欲しい……という事に気がついた。

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