第2話


『美咲は本当に絵が好きね』

『うん! 大好き!』


 物心をついた時から私は『絵』をよく書いていた。


『私、画家になるの!』


 なんて、幼い頃はよく言っていた。その頃の私はそれくらい『絵を描く事』に夢中だった。


 日々のどこにでもある光景、はたまた幻想や空想……目に映るモノ、頭に浮かんだモノ……とにかく私はそれらを全て『絵』として表現していた。


 それがたまらなく楽しく、私に充実した日々をくれた。でも……あの頃の自分に言いたい。


『本当に好きなら……止めないほうが……いい』


 今の私は、あの頃の私には想像できないほど、退屈で上手くいかないことが多い……苦しい毎日を送っている。


「はぁ……」


 ため息混じりに見上げた空には……少しの雲がかかり、見事な夕焼けを……絶妙に邪魔をしていた。


◆  ◆  ◆


 私――――。木村きむら 美咲みさきは悩んでいた。


 昔は家族や友人。先輩に同級生……だけでなく、先生たちにあれほど褒められていた『絵』だったが、今は……息抜き程度でしか書いていない。


 正直、「失敗した……」と自分でも思っている。


 一時の流行の流れと、だいぶ遅れてきた『反抗期』も相まって周囲の反対を押し切り、今の進路に進んでしまった事をひどく後悔していた。


「はぁ……」


 高校時代、私の『絵』に関して周囲の評価は高く、何度もコンクールに入賞し、美術展にも出品したこともあった。


 周囲は当然の様に『有望な画家』を望んだ。


 確かに昔の私であれば、周囲の期待を裏切ることなく『画家』になっていただろう。しかし、その当時の私は『周囲の期待通り』という事が気に食わず、『デザイン系の専門学校』を選び、進学した。


 だが、どうやら『絵画』と『デザイン』は違うモノだったらしい。


 そして「甘い考えだった……」と気がついた時には、卒業間際の就職を決める時期になっていた。


「…………」


 私の周りの人たちは『アパレル関係』とか『デザイン事務所』などなど様々な形で『就職』を決めていた。


 しかし、私は……一向に決められず、悩んでいた。


 そんな思い悩み、頭を抱え込んでいる私に、さらに頭を抱えるような事が起こった。


 なんと、学校の部活の後輩が大きなコンクールで入賞し、その作品が美術展に飾られる事が決まったのだ。


 ただ、私だって何度も美術展に作品を出したこともあるし、コンクールに入賞したこともある。だから、普通であれば「おめでとう。時間があったら見に行くね」とでも言えばいい。


 そう、特に気にすることはない……と言えればよかった。でも、この時の私は素直にそう言えなかった。


 なぜなら、その後輩が入賞したコンクールは学生が『入賞』するのは、今回が『初』だったらしく、周囲の人たちはものすごく盛り上がった。


 それはもう……ドン引きするほどに。


 元々都会から離れた『街』という事もあり、この街は『初めて』という言葉にはとても敏感で、すぐに話題にしょうとする気質が強かった。


 私も昔はその『盛り上がり』を目の当たりにしてきた人間だった。


 そして『その気質』に反発して今に至っているのだが、コメントを求められた後輩はマイペースに「ありがとうございます」と淡々と答えている印象だった。


 私は「あー、この子。興味のないことにはとことん無頓着だったわ」と当時を思い返しながら後輩の姿を見ていた。


「だからって……」


 小さく呟きながら、私はカサッ……と音を立てて『一枚の紙』を見つめた――。

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