第49話 湧かない食欲、湧かせる手腕 6/9

 いざ食卓に着くと当然の事だが良い香りが満ちている。が、何故か食欲があまり湧かない。いつもならこれで腹が減ってくるものなのだが体の調子が悪いせいだろうか。いずれにしてもこれでは折角の料理を味わえない。

「どうされました? ルカワさん?」

「体調が悪いせいか食欲が湧かなくてね……」

 何度も言うが彼女に嘘は通用しない。だからはっきり言う。

「まぁ、この様子じゃあねえ」

 医者のイルミナも私を見てそう言うのだから間違いないだろう。だがミーナの返してきた言葉はやはりミーナらしいものだった。

「それでしたら大丈夫ですよ。ルカワさん用に食べやすい物を作ったので」

 そう言って出された物を見ると白い滑らかなスープ、向こうで言えばいわゆるコーンポタージュが白くなっているような物だった。その香りは部屋に満ちているものとはどこか僅かに異なっていて私の食欲を少しばかり取り戻させてくれた。恐らくはスープの上に添えられた香草の欠片、向こうならば乾燥させたパセリというべきそれの香りだろう。勿論、パセリとは香りも色も異なるが。

「おお……」

「流石だねぇ。っと、私とミーナのはグラタンか。美味そうだね」

「少し手抜きになってしまったんですが……」

「いやいやこれでも相当だよ。頂くとするかねえ」

「私も頂くよ」

「では、いただきます」

 三人のランチタイムの始まりだ。

 とにかくスープを一口、これが濃厚であると同時にくどさが無く、食欲が湧かない私の喉をするりと通っていく。そして舌触りはただの液体ではなく、とろみが、いや食感を確実に、噛みもしていないのに感じるものなのだ。言ってしまえば「舌にのせた瞬間溶ける」と言われる魚のトロや肉の霜降りのそれを液体ながらに感じさせると言っていい。それを感じていると上手い具合にゆっくりと食は進む。

 昨日の影響で身体がゆっくりとしか動いてくれないのだ。しかしゆっくりとした食事が悪い訳でもないのは事実で、いつもより少なめに感じるこのスープでも十分に腹を満たすことが出来る。そして何より会話を挟みながらの食事は楽しいものだ。それが有意義であれなんであれ。

「それにしてもあの時は冷や汗もんだったよ。ヴァイクが血相変えて私の所へ来たんだから」

「私が霊気消滅を起こした日、ですよね」

「あの時はヴァイクに信用してもらえてよかったよ。そうでなかったら……」

 三人で話をしているとあの日の話が出た。あまりこれについてゆっくり話す機会も無かったので話したい節もあったがミーナの事が心配だ。一応踏ん切りはついているもののあの時は色々とありすぎたのだ。大丈夫なのかと聞いてみるともう落ち着いたから平気との事である。

「そうか。なら良かったよ」

 私が言うとイルミナが呆れた様に口を開いた。

「……ルカワ、あんたホントに自分の心配をしないねえ。あの時一番重態だったのはあんただよ。言わなかったかい?」

「いや、まあその実感がなかったもので……」

「元々こちらの人間だったらあんな事危険すぎて出来ませんよ。私を助けるためにルカワさんが死ぬのは嫌です……本当にもうあんな事は」

「ごめんよ、次は……って次があったら困るか。もうやらないよ」

「一応、もっかい釘を刺しとく。あれで死ななかった方が珍しいんだからね」

 イルミナとミーナの二人に思いっきり何本も釘を刺されてしまった。病人の私にこうもグサグサと刺さないでほしいものだがこういう事に関しては私はまるで信用がないらしい。と、そんな話をしている内にイルミナは時間になったらしく病院へ戻る事になった。

「んじゃあんたは安静にしてるんだよ。ミーナ、お昼ありがとな」

「はい、ではまた」

「ありがとうございました」

 そんな挨拶をして、私は部屋に戻る事にした。相変わらず身体の力が抜けている状態で何かしようものなら怪我の一つ二つ無駄に負いかねない。そうなってはミーナに余計な手間をかけさせるし、そもそも無理をするなと再三言われているのだから病人は病人らしく横になっている方がいい筈だろう。

「家事を一通り任せる事になるけど……」

「それでいいんです。無理しなさすぎかな、と思うくらいが今のルカワさんには丁度いいんです」

「それじゃあまた、何かあったら伝達を飛ばすよ」

 そう言って階段を上り、部屋に入ってベッドで横になる。昼食後という事もあってか睡魔が襲ってきた。今の私には必要な睡眠だろう、抗うこと無く私は睡魔の誘いにのってやる事にした。

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