第48話 予想外の行動、見知った医者 6/9

 目を開けると天井が見えた。窓に目をやると曇り空だ。そして何故か分からないが身動きが取れない。昨日の脱力からというのではなく拘束されている感じだ。正に金縛りといったところだろうか。よく見るとミーナがいない。下で何かしているのだろう、とにかく身動きが取れるようになるまでは何も出来ない。いや、一つ出来る事がある、伝達をミーナに飛ばそう。それならば何か分かる筈だ。

『おはようミーナ』

『あ、お目覚めになったんですね。今行きますー』

 霊気伝達はとても便利だ。遠くまで通信出来るのは確かに凄いが同じ家の中にいても、今みたく連絡できない事だって多々ある。階一つ、壁一枚、幕一枚隔てただけでも何かを発する事が出来なければ遥か遠くにいるのと同じようにも思えてくるのだ。

「おはようございます、ルカワさん」

「ああ、おはよう。昨日はありがとうな」

「いえ、そんな……あ、それはそうと……」

「どうした?」

「拘束術式、外しますね」

 何と私には拘束術式がかかっていたらしい。どうりで動けない筈だ。それよりもミーナがかけたとするなら一体何故だろうか。

「もしかして私が暴れたりしたのか?」

「いいえ、そういう訳ではなく……」

 詳しく聞くと私は夜中にベッドから抜け出したのだという。単に手洗いだと思ったらしいのだがいつまで経っても私が戻ってこない、手洗いや一階を確認するも私がいなかったというのだ。それだけでも驚きだがミーナが霊気伝達を飛ばすとノイズが入るばかりで全く繋がらない、そして玄関を見ると戸が開いている、もしやと思い外に出て辺りを見渡すと屋根の先に私が立っていたというではないか。危ないから降りてきてと声をかけても微動だにしない、霊気伝達も繋がらないから近くに寄ってみて彼女は驚いたらしい。

「ルカワさんの目、どこも見ていない虚ろな目だったんです」

「え……」

「光すら失っていて、私を見ることもありませんでした」

「……」

「直感したんです。『危ない』って。そうしたら飛び降りようとしたんですよ、ルカワさん」

「なんだって……?」

「だから水縄で縛って拘束術式をかけました。多分アレはルカワさんであってルカワさんでない何かです」

 そうした後、私はまた意識を失ったらしい。そんな私を寝室まで運んで、それから今に至る、といったところだ。おかしな事もあるもので私には一切記憶がない、その上飛び降りようなどとは微塵にも思わないし、今は希死念慮きしねんりょもないのである。本当に一体どういう事なのだ。

「全く心当たりがない……う、頭が……」

「昨日よりは良くなっていますがどこか変なのでお医者さんを呼びました」

「本当か、しかし私の事情の問題は?」

「大丈夫ですよ」

 そうミーナが言ったところで玄関の呼び鈴が鳴った。一体どんな医者を呼んだのだろう。とにかく待っていると扉から見知った医者が出てきた。

「貴女は……」

「あんた、一体どうなっちまったんだい?」

「イルミナさん、どうして? 多忙な筈では」

 そう聞くと、ミーナに頼まれたから飛んできたのだという。とにかく事情を知っているイルミナに診てもらえるのは有り難い。診察はいわゆる内科の診察で向こうでもよく受けていた類のものとよく似ている。そしてイルミナの手さばきはとても早い。

「よし、基本は診れた。後は霊気的に診るかねぇ」

「では、お手伝いを」

「ミーナが助手なら早く終わりそうだ」

 そう言うと、昨日ミーナに施してもらったスキャンをより正確にしたようなものが始まった。頭の先から足の先まで丁寧にスキャンされる。もちろん痛みや違和感はまるでない。 CTやMRI検査といったところか。

 大分と早く終わった方らしく、イルミナは結果が記した紙を丁寧に読み取っている。普通は大掛かりな設備がないとはここまで出来ないようで、ミーナがいたからこそのようだ。

「運動機能が一時的に低下している事を除けば身体に殆ど問題は無いみたいだねえ」

「と、いうことは」

「精神的な部分が大きいとは思うけど原因が不明では何とも、といったところだよ」

 やはりそうなってくるか。しかし本当に原因が分からない以上どうしようもないのはイルミナの言う通りで対処も出来ない。今回の様な事がまた起こればそれだけミーナの負担になる可能性は大きい。どうしたものかな。

「原因が不明なのは仕方ないですが身体の方には殆ど問題ないならそれだけでも十分です。イルミナさん、お忙しいのに突然すみませんでした」

「いや、いいんだよ。聞く限りじゃかなりマズかったみたいだからね」

「ありがとうございます。私が不甲斐ないばっかりに……」

「病人は黙って休んでな。治るモンも治らなくなるよ」

「はは、相変わらずキツい物言いですね。でももっともだ」

「ほっといたらあんたはまた無理しそうだからね。釘を刺しておくよ」

 昨日といい今日といい、無理をするなとよく言われる。もっともといえばもっともだが、無理をする、しないの線引きは難しい。

「あの、イルミナさん。お時間は大丈夫なんでしょうか?」

「ああ、早く終わったから大丈夫だよ。どうしたんだい?」

「良かったらお昼、召し上がってもらおうかと」

「おお、良いのかい? 折角だから頂いていくよ」

「では、準備ができ次第お呼びしますので、えーっと……」

「ああ、ここで待ってるよ。もう少し検査結果を見ておきたいし」

「分かりました。では後ほど」


 ミーナが部屋を後にするとイルミナが私の方を向き、真剣な面持ちで話しかけてきた。

「多分だけど、あんたの心の奥底にはミーナ以上の闇があるよ」

「どうしてそう思うのです?」

「覚えがない、というよりは思い出せないといった方が正しいだろうね。その点じゃあんたは本当に記憶喪失さ」

「向こうの記憶はあるんですが一部が欠落していると?」

「そうだろうねえ。ただ、無理に思い出そうとはしなくていい。無意識にあんたが封をした記憶の筈だ、思い出せば厄介だね。最悪死ぬよ」

「そりゃ怖い、気をつけます」

「昨日のあんたの症状は恐らく封じた記憶がみせた闇の部分だ。発作的に出てくる可能性もある」

「発作ですか……予防策があればなあ」

「ミーナと一緒にいる、これが予防になってるね。現に昨日もミーナがいれば何とかなったろう?」

「なるほど」

「確実な根拠もないし、記憶とかは私の専門から少し外れるから確実な事は言えないけど、どっちにしたってあんたらは二人でいないとダメな筈さ」

 イルミナの言っている事が分からない訳ではないし、的外れだとも思わない。ミーナの心の安寧を私は願っている。私と一緒にいる時の彼女はとても明るいし元気だ。あの夜の沈んだ声、あの朝の虚空を見つめた瞳、それらは私と一緒にいる時に殆ど出ない。不安になってしまう夜も私と一緒にいる時、彼女は安らかに眠りに就けている。

 そして私達は特別な繋がりを持っている。そう、あの病院での出来事で。

 イルミナと話をしていると昼食が出来た様だ。昨日よりはマシになったものの力が入りにくいのでイルミナの肩を借りて一階に下りた。

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