可能性から引出した術

第40話 早めの起床、ペンとお守り 6/8

 僅かな朝日が目に入った。その光で不思議と、いやある意味普段の目覚めの感覚だ。私は本来寝付きも悪く眠りも浅いのである。それが証拠に時計を見ると五時半頃で、まだミーナは寝息を立てている。

 夜の闇と得も言われぬ苦痛で疲れてしまうのだろうから起きなくても当然だ。

 私はベッドから静かに下りてミーナの枕元に「キッチンで料理してるよ」と書置きして、キッチンに向かった。

 最近はミーナに料理を任せていたが、私も一人暮らしが長くある程度料理は出来るのだ。少しはミーナの役にたてるだろう。

 おっとその前に顔を洗わないと。


 さて冷蔵庫の中を見る限り、ハム、ソーセージ、卵、ミルクといった食材はあるようで朝食を作るなら上等な食材達である。

 まずはシンプルに卵をスクランブルエッグにし、ソーセージはボイル、ハムはそのまま使い、後は汁物が欲しい所なのでスープを作り、パンを適度に温めて私流の朝食の完成だ。何とも手抜きである。そういえばこの冷蔵庫、何の気無しに見ていたがどんな仕組みなのだろうか?

 まあそんな事はさておきハム、ソーセージ、スクランブルエッグはワンプレートにまとめておいた。これなら見栄えも良い。それなりに上手くいったほうだがミーナにはまるで敵わないだろう。


 朝食が完成した頃、キッチン回りの音でミーナも起きてきたようだ。

「あれ? 朝ごはん出来てる? いつ作ったのかな?」

 と、寝ぼけ眼で料理をみている。いつも作っていると自分が作っていないのに朝食があるというのは不思議なのだろう。

「私がやってみたんだ。お口に合うかは分からないけどね」

「え? ルカワさんが? 何だか不思議な感覚です。ありがとうございます」

 意外な事で寝ぼけが吹き飛んだのか続けて、料理は得意だったのですかと聞いてきた。まぁそう思うのも不思議では無い。何せ一回もここで料理はしていないのだから。なので先程の身の上を話すと、納得してくれた様である。

 適当料理だから、と言って大した事はないと付け加えておいた。それからとりあえず朝食にしようという運びになってミーナの感想はを待っていると、

「見た目も飾らないし、味も中々で安心出来る味です。優しい味わいですね」

 との感想だ。言ってみればひねりのない平凡な味である。それくらいなら上々だ。


 余談になるが「一体何をどうやったらそうなるのか?」と言いたくなる様な料理をする人もいる。それ自体は料理を学んで改善したりする事が多いのだろうが、どうやってもダメな人が時折いるのも事実だ。

 きっと「普通の味」なるものはある意味とても難しい味付けなのだろう。全国の主婦、主夫の方々は大変なはずだ。私が言うならおふくろに感謝、といったところか。

 ここでの感謝する相手はミーナだが。


 そんな事を考えつつ朝食をすすめていき食後に珈琲と煙草で一服していると、ミーナから変な質問が飛んできた。

「ルカワさん、起きてから寝室にいましたか?」

 何とも変な質問だ。私は起きてからキッチンに居た。寝室には居なかったし、ミーナも分かっている筈だ。何せ書置きして枕の上に置いて来たのだから。

 何故そんな事を聞くのだろうか、私の方が気になって質問に質問で返してしまった。すると、

「やはりそうですよね、実は……」

 と、話が始まった。

 聞くに、私が寝室に居なかったのに私が居るかの様な感覚にあったのだという。ミーナが起きて書置きを見る直前の直前まで私が居ないという事に気がつかなかったらしい。

 確かに先日のミーナの事を考えれば気がつくはずだし、それ故ミーナが不安にならない様に書置きしておいたのだ。だが私が居ないのに居た様な感覚とは不思議である。私が柄にもなく考えているとミーナが書置きを出して、

「多分、この書置きにルカワさんの存在の一部が複製されているのかと」

 と、言ってきた。存在の一部を複製とは一体なんだろうか。

 聞いてみると、要は書置きがお守りや身代わりになったという事らしい。気分的なものかと呑気に納得するとどうやら気分ではなく本当に存在が複製されているとの事で、更にあまり一般的ではない霊術の類だそうだ。

 そうなるとまたしても気になるのは霊術の事で私はまるで霊術を使った覚えがない、それを聞くと私の持つペンの影響で、私の想いに反応して勝手に発生したとの事である。

 つまりミーナを不安にさせたくないと思って書置きした為にペンが紙に私の存在の一部を複製したのだ。とりあえずこれでミーナの疑問は解けたし、私も納得できた。

「なるほどなぁ、しかしこれは便利そうだ。私が先に起きて寝室を離れてもミーナがバタバタしなくてすむからね」

「ルカワさんがそういう事を一番に言うから安心です。この霊術は悪用すれば凶悪なものなんですよ。実際、禁術に近いんですから」

 またしても驚きの言葉が出た。あやうく珈琲を吹き出すところである。

 なんでも存在の一部ではなく全部を複製すれば自らの完全なる複製、つまりクローンを作り出せ、また他人の存在を複製すれば他人のクローンすらも可能となるらしい。

 当然、そのレベルの複製をするには多大な代償が付き物であるが代償が何かはミーナにはよくわからないらしい。

 分かっている事はこれを悪用した事故、犯罪が文献にかなりの数で記されているという事までで詳しい事は例の如く図書館に、との事だ。


 何ともおっかない物を手に入れてしまったらしいがとにかく悪用はしない。ミーナとの約束があるからだ。それにしてもミーナは博識である。

 そうこうしている内に一服も終わり何をしようかと考えていると昨晩ミーナに言った事を思い出して、霊術の練習をするかと持ちかけた。

「そうですね、昨日の新術も気になりますしそうしましょう」

 なかなかミーナも乗り気な様だ。

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