第41話 改良した追従、暖かな陽光 6/8
さて少々着替えをし、庭に出て以前と同じく屋根の上に飛び、追いかけっこの始まりだ。先ずはミーナが浮遊術で飛んでいるので風踏では追従できない。
なので風の輪を辺りに撒くのだがこれを先日より小さく、しかも少なめにした。理由は簡単で小さければミーナに見えにくいからである。
少ないのはブラフで、あの新術に関係している。
「なるほど、輪を小さくして見えにくくしましたか。やはり凄いですね。しかし少ないのは一体? これでは来る方向が丸わかりです。よっと」
「確かにまだ一度もミーナには触れられてないし、これだけじゃ無理なのはわかってるさ。でもこれならどうかな?」
と、デコピンで様々な角度、方向に風の玉を打ち出した。デコピンは連射が効きやすいのだ。
「むむ、これではどれを蹴って向かってくるか分からない……っ」
上手くいったようなので私は打ち出した風の玉の一つを蹴り迫った。最終的にミーナのほぼ真上から追いかける形だ。
詳しく言うと動きの自由度と平均速度、見切りではミーナの方が圧倒的に上なのだが、私は瞬間加速とターンのキレがミーナに勝っているという事が先日のこれで分かっていた。
予め作った足場を蹴り追従した後、空中で風踏をしミーナに追いつく、ここまでやると捕まえられそうなのだが見切られてヒラリと避けられてしまう。
なので行き先に足場のない所でワザと避けられて、そのまま更に風踏で加速しミーナを一時的に追抜き、瞬間的に打ち出した風の玉を蹴り反転、しかしコレでも避けられてしまう事は分かっている。何故ならコレもまたミーナは見切れるはずだからだ。
しかしミーナは避けた後少しだけ動きが止まるという事も把握している。
だからワザと避けられる様に向かい、ミーナが避ける直前の直前にバレない様に仕込んだ風の玉を蹴って真上に加速、更に先程のデコピン射出で瞬間的に作り出した風の玉を蹴って真上から急降下、重力により更に加速して最高速度でミーナに迫る、これなら私の最高速度とミーナの回避硬直時間が噛み合い追いつけるという何ともまどろっこしいやり方だ。
「これでどうかな?」
私がそう言って手を伸ばすと、
「なんの……っ!」
その声と共に紙一重で避けられた。だが、
「そこだっ!」
私は下に瞬間的に打ち出した足場を蹴ってミーナの後ろに回り捕まえた。
「今までの流れはコレの為の囮という事でしたか……凄いです」
全てブラフにした。最初に撒いた輪の数、デコピンで瞬間的に増やした風の輪、急加速のからの追従、反転、急上昇、急降下それらは全てミーナの後ろを下から取る為のブラフである。
「ここまで仕込まないと捕まえられないと思ったんでね。作戦を練っておいて良かったよ。これでようやく一勝だ」
コレを仕込むのに随分と疲れてしまった私は少し肩で息をしつつミーナに話かけた。正にギリギリの一勝である。同じ手は使えそうにないが。と、思った瞬間足場にしていた風の輪が一つ消えてしまった。というか身体が重い。
「あー無茶してしまった様ですね……そのまま掴まってて下さい」
そう言われてミーナに担がれる形で地面に降りた。
大分と霊気を使ったのだろうか。そこまで大技を使った覚えはないのだがミーナに聞いてみると霊気と霊気口は大丈夫だが瞬間速度が速すぎて身体がついていかず、肉体の疲れが霊気に影響したとの事だ。
確かに普通のでは有り得ない程の急加速、急減速を繰り返したのだからそれもそうか。話を聞くに一時間もすれば治るらしい。
「膝枕で横になると回復が早くなるので、あの……良かったらどうぞ」
ミーナから何とも優しい提案だ。少々照れている口調だったがミーナの厚意を無下にする訳にもいかない。
「ありがとうな、変に無理して迷惑をかけてしまったよ」
そう言ってお言葉に甘えさせて頂く事にした。三十路のしょうもない私には本当に有り難い限りだ。そんな事を考えていると、この膝枕の状態はかなりの回復効果が見込める様で体に霊気が満ちてくる感覚がはっきりと分かる。聞いてみると病院で病室を一緒にして貰ったのと同じで私達はお互いに近くにいると霊気の回復が早くなるのだそうで、接触していると更に効果が上がるとの事だ。
あれだけの事をした影響か、はたまた天の陽気のせいか、あるいはこの膝枕の心地よさの為か不思議な眠気が襲ってきた。昨晩の眠りが浅かったせいか。しかしそれでもここに来てからずっと、よく眠れている私には珍しい事とまで言える。
向こうでは不眠症のせいで夜に眠れず昼に寝るという昼夜逆転、までならまだしも昼間にすら眠れなかった事も多々あったものだ。そんな事を思うと今の眠気はなんとも心地よい、「真っ当な昼寝」とはこんな様に始まるのだろう。
幼少の頃、祖父母の家でそよ風を感じながらしていた昼寝の優しさを記憶の遥か彼方にうっすらと思い出した。きっとそれはこの膝枕のお陰かもしれない。霊気の流れの中に確かな優しさを感じたからだ。
しかし確かな優しさを霊気の中に感じても昔のあの優しさは殆ど戻ってこない、記憶の彼方にしか感じない、それ程までにその記憶は色々な何かでかすれてしまったのだ。
「眠たいですか? 今日は特別な用事もないですし、お昼寝されても大丈夫ですよ」
どうやら眠気がバレたらしい。私が言う前に言われてしまった。
「バレちゃったか。このまま膝を借りてもいいかな」
私はある意味柄にもなくそんなお願いをした。不思議である。
嗚呼、何と贅沢な事だろうか。私は少しばかり瞼を閉じた。
ふと目を開けると、先程までと同じく柔らかな日差しがある。三十分ほど経過したか。だが身体に何やら重みを感じて目をやるとミーナも私を枕にして眠っていた。
私が横で眠っているとは言え、やはり夜の眠りはあまり良いものではないのだろう。昼間に暖かな陽の光に包まてて眠る方が幾分かマシなのかも知れない。
こういう時は起こすか否か迷うところだ。何せミーナの姿勢があまり良くないのでこのままだと寝違いを起こしかねないからである。しかし気持ちよく眠っているのを起こしてしまうのもまた忍びない。
どうしようかと迷った挙句、後者をとることにした。やはり心地よい眠りというのは何物にも代えがたいものだ。私はそれを身を以て知っている。
ミーナの鼓動を感じ、そよ風に吹かれ、暖かな日を身に受けているとまたしても眠たくなってきた。まあ仕方のない不可抗力であろう。出来るなら彼女に膝枕をしてあげたかったが動くと起こしてしまうというのが難しいところだ。
また三十分程したあたりで目が覚めた。どうやら彼女も同じタイミングで目覚めたらしい。私は起き上がって声をかけた。
「おはよう、膝枕ありがとうね」
「あれ? 私も眠っていた様です」
「眠れることはいい事だよ、膝枕してあげられれば良かったんだが……」
「ああ、いえ、そんな……」
「抱きかかえた方がよかったかな?」
ミーナが恥ずかしがりそうだったので少し冗談を飛ばした。
「なっ……! ルカワさん! こんのぉ!」
「おっと、危ない! 今回は防げたよ」
あの病院の時みたく水球弾を飛ばされたが帯霊気で防いだ。私でも多少は出来る様になったらしい。
「ぬぬぬ……」
「ははは、今日はこれで二勝目……んなっ!」
上からの水球弾に不意を突かれた。なんてこった。
「あはは、私の勝ちですね」
「はは、うーん、敵わんか……」
思いっきり負けたがミーナが楽しそうなので良し。その後何故だか可笑しくなって二人で笑っていた。
それにしてもミーナは霊人なだけあって術の使い方が卓越している。他の術者をあまり見たことはないがそうでなくともヒシヒシと伝わって来る。
それから私の冗談も少しは上手くなったようだ。やってみるものである。
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