第19話 年頃の妹、残念な兄 6/5
てっきり学生食堂のようなところを想像していたのだが入ってみると全く違っていた。華美ではなく、それでいて気品のある食堂の出で立ちだったのである。
確かにドルセンやヴァイク、迎えに来た騎士を見てもどこかしらに気品を感じていたので、それはこういうところにも現れる、いや、こういうところから現れるのかもしれないと感じずにはいられなかった。
これに呆気を取られていたのだが、「早く食事にしましょう」と弾んだミーナの声で我に返り、腹の虫の文句も聞こえてきたのでいそいそと注文口に向かった。
さて注文口に着いたは良いがやはりまだ文字が読めない。そして仮に読めたとしても料理の名前からは想像がつかない。
『やはり、まだ読めませんか』
『うーん、どうも読めない。旅の途中である程度は覚えたつもりだったんだがなぁ』
『では、私が選んで頼みましょう。ルカワさんにとっては何が出てくるか分からない不安が残るでしょうが』
どちらにしても読めないし、何なのかも想像がつかない以上ミーナに頼るしか無いので、ミーナの勘と舌に頼ると伝達して注文をミーナに任せたが、やはり聞き慣れない料理名ばかりである。
主菜、副菜、汁物と言った程度の認識しかもてないというあたり、私はここの料理についてはズブの素人であるようだ。
注文が終わり、出された料理をみてもやはり分からないなぁと思っていると、「とにかく食べてみたほうが早いですよ」とミーナに言われ食べてみる事にした。
幸いにも見た目や香りからして嫌な感じはせず出された料理は向こうで言うところのカレー、バゲット、レタスのシーザーサラダにコーンスープに似ていた為、臆することなく食せそうだと感じた。
先ずはカレーにバゲットを付けて食べてみると向こうのそれと似ており美味であった。
コーンスープを一口食すと、とろりとした程よい甘みのスープに、浮かべてあるクルトンの様な物、その二つが絶妙に絡まっていて、調和している。
シーザーサラダにしてもシャキシャキとしたレタスに、少しパンチの効いた紫玉ねぎ、野菜の種類こそ少ないが、それをしつこくないドレッシングが見事にまとめている。
食堂ゆえに効率的かつ画一的な調理方法であるのは間違いないだろうが、それを踏まえてもこれは食堂の料理としては破格であろう。
しかしカレーにおいては旅の途中でミーナに作ってもらったものの方が数段旨かった。
そんな風に食を進めていき、ミーナの料理に目をやるとやはりあの缶詰を使った料理を頬張るが如く食べ、幸せそうな顔をしている。
やっぱりあの缶詰の事がよっぽど好きなんだろうなぁと考えながら私も残りの料理を平らげるべく箸を進めるのであった。(使っている食器は洋食器だが)
さてそうこうしている内に食事も終わり、時刻は十三時を示していた。少々の食休みを取り、いざミーナの父オーグスの所有していたという家に向かおうとミーナに持ちかけると、あの家は騎士団の敷地内にあるが慣れていないと歩いて三十分以上かかるとの返事があった。
騎士団の敷地はかなり広く、その上建物の構造もそれなりに複雑でミーナにも詳しくは覚えきれていないとのことである。
「兄様に霊気伝達して案内してもらえるか聞いてみます。兄様は騎士の中でもよく構造を知っているので」
それは幸いだ。ミーナがヴァイクに伝達を飛ばすと少々時間がかかるが迎えに行くからデザートでも食べて待っていて欲しいとの連絡が入ったようである。
食堂のチケットはまだ二人合わせて二十枚あったのでデザートのショーケースを見ながら私はベイクドチーズケーキの様な物と珈琲らしき物を注文し、ミーナはイチゴのムースの様な物と紅茶らしき物を注文した。
どうやら騎士団の人間は今日食事の時間がずれているらしく今の時間になっても一人として食堂に入ってくる気配は無かった為、実質貸切り状態である。
二人してのんびりとアフタヌーンティーのモドキを楽しみつつ、取り留めの無い話をしていると、
「私、それ食べてみたいです」
と、少々弾んだ様に頼んできた。別に私はがめつい訳でも無いので、「いいよ」と皿を差し出すとミーナは不服そうに、
「食べさせて下さいよ」
そう言って頬を膨らませた。ああそういうことかと思い、私は一口大にケーキを切って、
「はい、あーん」
と、食べさせてあげた。
「ありがとうございます」
照れながら言うのでちょっとからかってやる事にした。
「自分もそれ、食べたいんだよね」
するとミーナは、
「あ、あの、さっきみたいな感じですか」
と、更に赤くなるので、
「そりゃあ、ねぇ、無理にとは言わないけど人にさせておいて自分がやらないってのはねぇ」
意地悪っぽく言ってやると、
「そ、それじゃ、は、はい、あーん」
と、ムースを出してくれたので頂く事にした。
「うう、ルカワさんの意地悪ぅ」
頬を膨らませていたが満更でも無いご様子である。
ミーナだって十七歳の女の子だ、こういうことに憧れのような感情を抱くのも不思議でも何でも無いであろう。
私は確かに呑気な阿呆だがこれくらいのことは出来ない訳でもないのである。
こんなやりとりをしつつヴァイクを待っていると、丁度ヴァイクが来てくれた。
「お迎えに来ました。今からご案内しますがよろしいでしょうかルカワさん、それにミーナ」
私としても食堂にもう用はないし、ミーナもそのようだったので屋敷へ向かう事とした。
ふと屋敷に向かう途中で窓の外を見ると騎士達が炊き出しを行っていることに気がついた。
炊き出しも立派な訓練の一つということか、食堂に騎士達が居なかったのはこれだな。ん? もしや、まさかと推測と関心が混ざった考えをしていると、
『ルカワ殿、じゃなかったルカワさん』
『ヴァイク、どうして私に霊気伝達を、親族でも無いのにどうして』
『ミーナと霊気伝達できる貴方に対してならミーナの兄である私も霊気伝達が出来ると思いやってみたんです。どうやら上手くいったようですね。半分賭けでしたが』
なるほどそういうこともあるのか、と思ったが何故霊気伝達を飛ばしてきたのか尋ねると、
『今日の炊き出しの訓練は予定を変更して行っているんです、しかも急にね。貴方ならこの意味が分かるでしょう。ミーナに嘘は通じないので上手くやって下さいね』
と、返ってきて、伝達が切れた。
つまり私とミーナを食堂で二人きりにする為の予定変更である。この兄妹なにかとからかってくるのが上手い。
詳しいことは後でじっくり話して貰おう、伝達を飛ばした訳ではないがヴァイクに視線を投げてやるとそれを感じたのか少々焦っている様にも見えた。
意外な所から、いや、ある意味当然の所から質問がヴァイクに飛んだ。
「兄様、今日は訓練で炊き出しをされているんですね」
鋭い球である。これは面白いことになりそうだ。
「あ、ああ、そうだよ」
と、焦り気味に返すので、私はミーナに見えないようヴァイクにニヤりとして、
『上手くやってみせて下さいね、お兄さん』
そんな伝達をしてやった。
『バレたら水球弾確定です、そんなこと言わないで助けて下さいよぉ』
なんとも第一部隊副隊長らしからぬ伝達を返してきたが、さっきからかわれたのでしばらくは助け舟を出さない事にした。
「でも何か変ですね。炊き出しの訓練なら皆楽しそうなのになんだか文句ありげな雰囲気がします」
更に鋭い球がヴァイクに投げられた。
「あ、ああ、有事にも対応できる様に緊急でやったんだよ」
焦りを隠せないようである。
さあこれでツーアウト、ツーストライク、ノーボールだ。
どんな球をミーナは投げるのか。
「それにしてもなんだか変な感じです。兄様、嘘ついてませんか」
真ん中のストレートに見える球が飛んで来たぞ、さあヴァイクどうする。
「ああ、いや、なんで嘘なんか」
ああっとこれはよくキレるフォークで思いっきり振らされてしまった。
「兄様、嘘つきましたね」
これでスリーアウト試合終了である。
その後、事の次第をヴァイクが話すと「兄様のバカ」と言われて零距離で水球弾を喰らいヴァイクはズブ濡れになってしまった。
『ははは、上手くいかなかったな』
『あーあ、久しぶりですよ。ミーナの水球弾を食らうのは』
「もしかしてルカワさんもこれを知ってて!」
私にも鋭い球が飛んできた。
「さっき知ったんだ。それに炊き出ししてるのをみたら大体分かったし」
「じゃあ、さっきのアレは本当に素でやったんですか」
今度はミーナが焦り始めるので意地悪せずストレートに「そうだよ」と返してあげた。
「さっきのアレって何だ」
「兄様は知らなくていいんです!」
余計な事を言うものだから、更にびしょ濡れになってしまった。
ヴァイクは確かに有能なんだろうが、妹にはとことん弱い様である。
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