第一幕 第三章 「首都での日常」

日常へ

第17話 新たな始まり、一日の始まり 6/5

 翌朝、私はスッキリと目が覚めた。室内にある時計の針は七時を指している。霊気を消費しないとはいえ、昨日の術式で疲れたのだろう、ミーナはまだ眠っていた。

 特別に何かを急ぐ訳でもなかったのでミーナのそばに居ることにした。何故かと問われればはっきりとは答えられないが、そうするのが一番だと思ったからである。

 昨日私のために大きなリスクを背負い、言葉にならない想いを以ってこの私を助けてくれたミーナが私にとって年のとても離れた妹のように見え、もし私に本当に年の離れた妹がいたのならこう感じるのか、とミーナが愛おしくなったということかもしれない。


 その想いもあってか時折ミーナの頭を撫でるなどしているとミーナが起き始めた。

「おはよう、ミーナ」

 いつも通りに声をかけた。

「おはようございます」

 そう呟いてミーナは抱きついてきた。

 ミーナは小さく泣きながら伝えた。

 言葉にならない言葉を。

 言葉にならない思いを。

 この手の感情や心の中の有り様というのは言葉にはなりにくいし言葉にして伝えても上手く伝わらないのが常だ。

 私はミーナを抱きしめ「ありがとう」と囁いた。

 こうやって言葉を返し抱きしめるしか私には出来ないのである。

 巧い人はもっと巧みな言葉が出るのだろうし、巧い行動に出るのだろう。

 しかし生憎私は阿呆なのでこれが限界である。だから優しく抱きしめ続けた。

 しばらくするとミーナが手を解いたので私も手を解きお互い顔を見合わせるとそこには笑顔のミーナがいた。

 やはりそうだ。ミーナには笑顔が一番似合う。


 少し落ち着いたところでミーナと病室内にあった茶を飲んでいると、昨日の術式のことでミーナから話があった。

「あの術式の詳しいこと、核心についてはイルミナさんと兄様以外には絶対に口外しないで下さい。私の恥ずかしがりで言っているのではありません。最悪の場合、死人がでます」

 真剣な面持ちで言われたが絶対に口外しないということは昨日のイルミナの話で固く守ると決めていたのですんなりと受け入れた。

 何よりミーナの頼みだ、受け入れないはずもない。だがしかしそれは二割方の理由である。

「イルミナさん、ルカワさんに話したんですね。できるだけ話さないで、って言ったのに。あれ? 先程の理由が二割なら残りの八割は一体?」

 と、不可解そうに聞いてきたので、

「ミーナが恥ずかしがるからさ。その点じゃヴァイクにも言わないよ」

 しばらくミーナはまさに「目が点」になっていたがすぐに顔が赤くなって取り乱し始めたのでちょっとからかってやるかと思い、

「あっ、でも一人にはバレかけたなぁ」

 そんな風に意地悪すると更に赤くなってバレかけた相手は誰なのか、とかなり焦りながら詰め寄って来た。

「イルミナさんだよ」

 そう応えると、

「もう、意地悪しないで下さい!」

 なんとも可愛らしい平手打ちが私に飛んできた。それと同時にイルミナが部屋に入ってくるから驚きだ。ノックぐらいしてほしいものである。


「おやおや、朝っぱらから何やってんだい」

 そうイルミナが言うと、

「ルカワさんが意地悪するんです!」

 半分怒ったような口ぶりでミーナが返した。そうするとイルミナもニヤリとして、

「へえ、ミーナがそんなになるなんて珍しいねえ。何だい、告白でもされたのかい」

 と、笑いを抑えきれないようである。

「むぅ、イルミナさんまで」

 こんなに可愛らしく怒っているミーナが何やら可笑しくなってきて私も笑い出してしまった。

「こんのぉ、二人ともぉ!」

 ミーナはいきなり水球弾を私とイルミナに飛ばしてきた。イルミナは避けたがほぼ零距離に居た私はまともに食らいズブ濡れだ。

「おいおい、私は病み上がりなんだ。もっと丁寧に扱ってくれよ」

「ルカワさんが意地悪するから悪いんです!」

「私にまで飛ばすことはないだろうよ」

「イルミナさんもイルミナさんです!」

 そう言って頬をふくらませ、ふいと顔をそむけた。

 もうその表情すら可愛げがあったのでミーナの頭を撫でながら笑っているとミーナも可笑しくなってきたのかしばらく三人で笑っていた。



 暫くしてこれだけ元気なら二人共退院しても大丈夫そうだとイルミナは切り出し、私とミーナの着替えは昨日ここに運び込んで備え付けの棚の中に入れてあるから着替えたら下の受付まで来るように、とおかしげに言い残して出ていった。

 私は体も拭かないといけないからそこの風呂で着替えてくるとミーナに言うと、しっかり拭いてきてくださいねと少々お怒り気味に念押しされた。

 少し意地悪しすぎたかと反省しながら身体を拭き、ふとタオルを見てみると、

「あ り が と う」

 そんな平仮名が浮かび上がってきた。少々下手っぴな字ではあったが。

 あんなやり取りでもミーナの心の安寧に寄与出来たのだろう。その代償が可愛いビンタと水球弾なら安いものだ。いくらでも払ってやる。

「はあ、全く」

 その呟きと同時に文字は消えてしまった。

 後でお返ししてあげないとなと思っている内に着替えも終わったので扉越しにもう出ても良いかと聞くと、大丈夫との返答があったので出ることにした。


 二人共着替え終わり、少々話をしながら歩き下の受付に着くと多忙なはずのイルミナが受付にいた。

「これがあんたの所持品だよ。こっちで預かっといたんだ」

 そう言って私の鞄と腕時計を出してくれた。更に入院費や何やらは全部騎士団が出してくれるとの事らしい。それからイルミナは付け加えて、

「一応、二人共今日退院ってことに予めなっててね。ヴァイクが二人に会いたいから迎えをよこしてるんだ」

 そう言って指差した先に一人の騎士がいた。

「お二人をお迎えにあがった者です。早速で申し訳ありませんが、騎士団中央本部へお連れいたしますので、私に付いてきてください」

 と、言われたのでイルミナに礼を言い、病院を後にしようとすると、

「何か調子が悪くなったらすぐに来るんだよ。後、くれぐれも無茶はしないようにね」

 そう労りつつ私達を送り出してくれた。

 イルミナは物言いのキツい医者だが患者の事を何よりも大切にする人だ。

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