第15話 仕上の術式、震える口付 6/4

 何やら物音がするので目が覚めた。病室に色々と運び込んでいる様である。それもかなり大掛かりだ。

「起きたようだね。今日は最後の術式をするから、そのつもりでいるんだよ」

 と、イルミナの声がした。また前の術式かと思っていると今日の術式はミーナも参加するらしい。

 確かにミーナは霊気口修復をしてくれたから出来ないことはないだろうが、先日まで病人だったのだ。大丈夫なのかと問うと、

「ミーナはもう大丈夫さ。それにこの術式でミーナに殆ど負担はかからない。体外霊気を体内に送り込むパイプになってもらう形だよ。このパイプはミーナじゃなきゃ出来ないんだ」

 と、説明してくれた。


 何でも大量の体外霊気を一気に送り込む、というのは幾ら術式を張っても無理で、大量に集めるまでが限界だという。その集めた霊気を送り込めるのが霊人であるミーナであり、尚且私達の間に「霊気連結」なるものが発生しているので最高の条件なのだという。これをやれば明日には元通りになる、というほど強力な効果があるらしい。

「覚悟を決めな。何があっても動くなよ。まあ、固定するんだけどね」

 そう言われた瞬間、術式でガチガチに固定されてしまった。

「大丈夫ですよ、ちゃんと成功させますから」

「分かった、よろしく頼むよ」

 不安げに大丈夫だと言ってくれた彼女をより不安にさせる訳にはいかない。度胸のある人間ではないがこれくらいは言わねばならないだろう。


「よし、それだけできりゃ十分だ。もう一回言うが身体は絶対動かすな。でも口だけは緩めておきなよ、そうじゃないと成功しないからね」

 と、言い続けて、

「体外霊気の充填は外からの術式発動でやる。術式中は完全に二人きりだ。充填が終わったところでミーナが術を施す。完全にミーナのタイミングで術が始まるんだ、じゃあいくよ!」

 そう強く発破をかける様に言って出ていった。

 完全に戸も窓も閉まっている。


 霊気が充填するまでは少々時間があるらしい。ミーナは落ち着かない様でそわそわしている。きっと術式の事で不安なのだろう。不安にならない方がおかしいのだ。

「なあ、ミーナ?」

「は、はい。何でしょう……」

 ああ、大分参っているなこれは。私の言葉が意味を成すかは分からないが言うだけ言っておかなくては。


「ミーナ、術の事で不安かい?」

「え、あ、はい。少し……」

「私はミーナの事を信頼してる、どんな術であれミーナが施してくれるなら何も怖くない」

「……」

「……それにどんなリスクがあっても気にしないよ」

「っ!」

「だから、思いっきりやってくれ。そうじゃなきゃ私はここに横たわるばかりで何も出来ないからさ……ミーナと一緒に、ね」

「……!」

 暫くの静寂が流れた。ミーナの思う所は多い筈だ。そして、そんなミーナに私は頼るしか無い。


「……わかりました、精一杯やります!」

 そうだ、薄暗いこの部屋を照らす陽の様な元気がないと。それでこそだ。


「術式起動!」


 いきなり放たれたその言葉と同時にミーナは私に馬乗りになっていた。


「体外霊気渡し、発動!」


 それを聞き終わるか否かのところでミーナの唇が私の唇に重なっていた。


 一瞬何が起こったか全く分からなかったが、次の瞬間凄まじい勢いで体内に霊気が満ちてきた。

 声を出そうにも唇が塞がっているので声がでない。そうするとミーナは更に強く唇を押し当ててきた。更に勢いよく霊気が入ってくる。

 そんな状態が十数分続いた。


「ごめんなさい。あの時みたいに不意を突くような事をしてしまって。でもこうでもしないと効果がないんです」

 唇を離したミーナは言う。私は呆然としていたが、

「いや、こっちこそ、すまな……」

 と、言おうとして、それを遮る様にミーナはまた唇を重ねた。それで全ての霊気が私に入った。それが終わっても暫く唇を離さなかった理由を彼女に聞くのは野暮の極みである。

 そしてそれには応えなくてはならない。私は拘束術式を力任せに破壊してミーナの頭を腕で優しく包み、私からも少しだけ唇を押し当てた。

 そうして唇を離した後、ミーナは俯いていた。やるべきことは一つ、私はミーナを抱きしめた。

 ミーナのお陰で動くようになったこの両腕で。

「ありがとう」ミーナはそう呟いて眠りに落ちた。

「ありがとう」そう言って頭を撫でた。


 三十分程してミーナは起きた。

「おはよう」

「ちょっと寝てしまいました。ルカワさんの体調はどうでしょうか?」

 心底安心した様な声つきだ。本当に良かった。

「お陰さまで殆ど回復したみたいだ。助かったよ」

「それは良かったです。あ、あの術式についてなのですが……」

「多少は分かるよ。先ず絶対に口外しない。それからああやって霊気を送るのが一番だってことかな?」

「その通りです」

 あの術式の事について多くを喋らせるのは今のミーナには酷だ。私から分かる限りの事で何とかなってよかった。


「あと、それから、ええっと……」

「大丈夫、焦らなくていい。今言わなくていい。ゆっくりでいいよ」

 言葉に詰まりながら何かを言おうとしていたミーナをなだめてあげた。あの術式前のやりとり、術式中の言葉、術式後の行為、いくら阿呆な私でもミーナの心持ちが分からない訳ではない。

 だからそう言ってあげて、もう一度抱きしめてあげた。

 言葉で伝えられない事はとても多い。

 そんな時はこんな風にするしか無いと私は知っている。


 ミーナは身体から力が抜けて、深い眠りについた。そんな彼女を抱きかかえて病室を出る事にした。

 色々と聞き出したい人物がいる。

 時刻は二十一時頃であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る