ライカンスロープ(狼男)の謎

「さっきは、ありがとうございました」

 持ってきた包帯をギャリックの上半身にたどたどしく巻き付けながら、ルロイはギャリックに謝意を示した。

「何、いいってことよ」

 切り株に腰かけ、屈託なく口元で笑ってみせるギャリックの笑みは強がりではない素朴な蛮勇ばんゆうがにじんでいた。狼男と一戦交えてから、ルロイとギャリックはそれほど離れていない小さな製材所跡を見つけ、そこで気絶したフランツとギャリックの手当てをルロイがすることにしたのだった。フランツは、打ちどころが悪かったのか額に包帯を巻かれたまま、小屋の中で今も横たわっている。

「にしても、もう一太刀食らわせてやりゃあなぁ」

 あらかたルロイが包帯を巻き終わり、ギャリックが悔し気にぼやく。

「それは、無駄でしょうね」

「なんで分かる?」

「あの狼男が去る際に見たんですがね。あなたが短剣で刺した傷口もう治りかけていました。大した自己治癒能力です。恐らく普通の武器では倒せないのでしょう。森の神を名乗るだけはあるといったところでしょうか」

「神?奴がさっきそう名乗ったのか」

「あっ――――」

 思わず、口を滑らせてルロイは本来の目的を思い出した。森の神。農夫ボドの錯誤。まだ奴は一度として「神だ」などとかたってなどいないのだ。

ボドからの話の中からも、先ほどの戦闘の最中でも、わざわざ名乗ろうという時にギャリックが我慢しきれず飛び掛かって、狼男の言葉が遮られてしまい、結局分からずじまいである。そのままギャリックと狼男の凄まじい戦いと両者のぎらついた闘気に気圧されルロイは肝心の公証をする余地がなかった。

 今回のボドの依頼では、ボドが狼男を森の神と錯誤さくごしたことを証明しなければならない。重要なところは、狼男が神を騙りボドを騙そうとしたことを立証することではない。ボドが人狼を神と認識したこと自体が間違いであること。つまり、そのボドの判断の動機に錯誤さくごがあったことを公証しなければならない。そのためにはまず狼男にウェルス証書を突き付けるより先に確かめねばならないことがある。

「おい、何ボーっとしてんだよ」

「ギャリックさん。先ほど狼男を刺した短剣、貸してもらえますか?」

「おう、別に構わねぇが」

 ギャリックは肩帯のさやからぞんざいに短剣を抜き出し、ルロイはそれを受け取る。確かに狼男の乾いた血がこびりついている。それを確認するや、ルロイはベルトのポーチから小型の水筒のような容器を取り出した。

「そりぁ、一体なんだ?」

「実は、とある錬金術師の友人からもらい受けたものでしてね。この薬液をかけた複数の箇所に同じモンスターの痕跡こんせきがあれば同じ色に反応する。名付けて、同一魔物探知剤。そう言ってましたよ」

「何だかわからねぇが、分かったことにしておくぜ!」

 ギャリックなりに適当に流してくれているとルロイは解釈した。問題はもう一つのものを出さねばならないことだった。ルロイはケープの内側をまさぐってそれを取り出した。

「それは?」

「あの行政官殿には黙っていて下さいますかね?」

 ルロイは、ギャリックに目くばせする。小屋の方を覗くとまだフランツは気絶したままだった。

「お、おう。別にあの野郎に恩義もねからな。それに、チクるのは趣味じゃねぇ」

 ルロイは、手短に自分がそもそも狼男狩りを提案した真の目的と経緯について、手短に説明した。

「つまり、これがボドさんから譲り受けたモンスターの血判状けっぱんじょうですよ」

「なんだって」

「ギャリックさんの剣に付着した血痕とこの血判状けっぱんじょうの血判が一致すれば、ボドさんの契約した化け物の正体があの狼男であると証明されます。そこまで分かれば、後はウェルスの御名において狼男を問いただせば良いだけ」

 ルロイは巻物の血判の部分と、ギャリックの短剣に薬液を垂らす。

「後は、反応が出て変色するのを少しばかり待つばかりです」

「へっ、随分便利なもん持ってんだな」

「嫌でも、色々人脈が出来上がってくるんですよ。こんな仕事ですから」

 ルロイは自嘲交じりに肩をすくめて見せるも、ギャリックが白けたような表情でルロイを睨んでいる。流石にバツが悪くなって、ルロイは後頭部を掻きながらギャリックが脱ぎ捨てた肩帯を指さした。

「ああ、嫌味に聞こえたらすいません。ギャリックさんだってすごい得物えものをたくさん持ってるじゃないですか。さっきだって、あの狼男が逃げたのも、もしかしたらその中にとんでもない業物わざものが混じっていたからじゃないですか?」

「そんなこたぁねぇさ」

 ルロイの言葉にギャリックはまんざらでもなさそうであった。

「冒険者やってりゃ、質を問わなきゃこうした武器なんざ有り余るほど手に入る。しかしねぇ、たしかこいつを手向けたときにやっこさん逃げたんだよな……こんなちんけなぼろナイフのどこが怖いんだか」

 ギャリックが刀身の黒ずんだみすぼらしいナイフをルロイに掲げて見せた。もともとは何かの儀式にでも使われていたのかナイフの柄には複雑な文様が描かれている。

「ギャリックさん。このナイフ、どこで手に入れました?」

「たしか、俺が冒険者だったころ神殿の跡地だったダンジョンで見つけた。名前は忘れたけどよ」

「もしや、それもちょっと貸してください!」

 ルロイはポーチからハンカチを取り出し、ギャリックから黒ずんだナイフをかっさらい丹念に磨き上げる。

「こいつは」

 ギャリックが感嘆かんたんの声を上げると同時、先ほどルロイが短剣と樹皮へ薬液を垂らした箇所の染色反応が出始める。

それを見てルロイはニヤリと悪戯っぽく笑う。

「やはり、あのライカンスロープを倒すが浮かびましたよ」

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