赤竜降誕祭

聞き覚えのある高飛車な声が響き渡る。

リーゼは昼間の時と同じ格好だったが少しばかりコートとブーツが汚れていた。

傍らには例のゴーレムも居た。


「ええい黙りやがれ。どうやって父に取り入りかどわかしたか知らんがな。今日こそ官憲に引き渡してやるぞ」


それまで、真っ白になっていたパウルだったが、

もはやヤケクソになってリーゼに食って掛かる。


「フン、言いたいことはそれだけかい?」


リーゼがパウルを一瞥して嘲笑うと、今度は挑むようにルロイに目を向ける。


「で、どうしたね?私の出した謎かけは解けたかね?」

「ぐっ……」


リーゼの切れ長の瞳で見据えられるとどうしても、言葉に詰まってしまう。

確かに魔女と言われるだけの眼力の持ち主らしかった。

やれるだけのことはした。

後は魔法陣周辺に駆け付けた召喚術士たちが上手くやってくれるのを祈るばかりだった。


「ふふ、時間切れだ……」


ルロイの追い詰められ万策尽きた表情をみるのももう飽きたのか、

リーゼは何かの合図のためか右手を高らかに上げた。


「リゼ姉!」

「おい、まさかホントにホントだニャ?」


周囲が固唾を飲んで見守る中、リーゼは高らかに指を鳴らした。

街中に設置された魔法陣が一斉に輝いた。

直後、橋の周辺で待機していた召喚術士が困惑の声を上げる。

魔法陣から出てきたのは、召喚獣でもモンスターでもない。


大砲だ。


それも全て上を向いている。


「召喚術士たちを動員したところまではなかなか大したものだったよ。

でも残念だったね、

召喚術士は召喚獣を扱えても無機物相手じゃ戻せない。

魔法陣からは常に召喚獣が出てくるものと思い込んでいた,

その固定観念を覆せなかったね。

ルロイ・フェヘール」


もはや、万策尽きたかルロイが敗北を悟ると同時一斉に砲から光弾が空高く発射される。

光弾が炸裂する音が響き渡る。


「これは……花火!」


限りなく黒に近い青色の夜空に赤い鱗が幾重にも連なっていった。

次々に打ちあがる光弾のリズムと、

弾けるタイミングは計算されつくされたものだった。

まだ完全に沈んでいない太陽の日の光の朱も、

空に現れた赤い巨竜の周りを彩る炎の舞台を演出していた。


「河面を見てみな」


リーゼが集まった人々に声を大にして語り掛ける。


「確かに、これは赤い光に街の建物が照らし出されて……」

「川面に映ったレッジョが炎に包まれているニャ」


ルロイの言葉をディエゴが引き継ぐ。

モリーは言葉もない様子だった。


「この角度、色彩、音、そして悲鳴。じぃっつに猟奇的だ!」


リーゼが歓喜の声を弾ませる。

人々の悲鳴と歓声を縫って一羽の鳥が橋のたもとへとふらふらと迷い飛んできた。


「あれは御師おし様の公示鳥!」


モリーが叫ぶ。

旧式型の公示鳥がレッジョの夜空から、

きしんだ音を立てながら橋のはりへと舞い降りる。


「パウル、モニカお前たちに言っておきたいことがある。ワシの遺言の執行人はリーゼじゃ。そして、ワシの遺言と遺産はお前たちの目の前の光景そのものじゃ」


まぎれもなく故ヘルマン・ツヴァイクの肉声だった。

パウルとモニカは雷に打たれたように、

直立不動でその旧式の公示鳥を見上げている。


「特許だ金儲けだのワシにはもうどうでもいい。

そんなもんに囚われて逝くよりは、

潔く散って何もかもレッジョにお返しするわ。

それが幸せってもんじゃよ。

ワシのまとまった財産ならすでにレッジョの孤児院や修道院へ寄付してある。

残りもこれのためにほぼ全財産はたいてしまったわ。

次に上がるやつで最後だ。

ワシの言いたいことはこれですべてだ。

そう何もかも、これでおしまいだ」


ここまで言い切ると公示鳥が鎮座ちんざしていたはりの下から大砲が現れた。

こんなところにも魔法陣とは恐れ入る。

光弾が空高く打ちあがり、

公示鳥もろともに一際大きな花火が上がった。


同時に赤い恐竜の踊るさまを描いていた花火もその造形を崩してゆき、

遂には赤い巨竜はその内部から弾け去ってゆくのだった。


「確かに、竜が弾け飛んだにゃ……」


花火の火薬の匂いと公示鳥の残骸。

全てが終わりレッジョは再び静寂に包まれたのだった。

誰もがあっけにとられる中、誰ともなしに拍手の手が上がった。


歓声が上がり、

それまで見ず知らずだったレッジョを訪ねた旅人同士が、

この興奮と感動を互いに交換し合おうとしている。

気が付けば日は完全に沈み切り、

ランタンや松明が頼りない明りで街と人々を照らし出している。

その最中ルロイやディエゴ、

モリーもまたどこの誰とも知らない冒険者だか商人だかとあれこれと談笑しているのだった。

人々の輪がそこかしこに出来上がり各々盛り上がっている賑やかな様は当分収まりそうもなかった。

不思議と赤い巨竜が消え去った後も、

街は明るいままだったのだ。

これは朝までお祭り騒ぎが続くなとルロイは苦笑いを浮かべていた。

ところで、この大祭の仕掛け人であるリーゼはどこへ行ったものかとあたりを見回してみると、ワイン一瓶片手に橋の欄干に寄り掛かり一人ほろ酔い気分で人々の輪を満足げに眺めているのだった。

邪魔をしては悪い気もしたが、

ルロイはリーゼの真意をただしてみたかった。

これだけ振り回されたのだから当然と言えば当然である。


「リーゼさん。結局あの謎かけの真意はなんだったんですか?」

「うん?」

「私は錬金術師ではないですからね、あれだけでは……」

「ああ、それならこの光景こそが答えさ。あの爺さんらしいだろう。私はそんな爺さんに惹かれてここに居ついたんだ」

「はぁ」

「何がなんやら分からないって顔をしているね。その顔が見たかったんだ。人は打ちひしがれた時しか謙虚で真摯になれない。これは爺さんの口癖だったがね。ならばと思ってやってみたまでなのさ」


かつてレッジョにあったであろう古めかしい祭り、人々は再び一つになった。

それこそが、古き良き時代を知っているヘルマンの遺言かもしれなかった。


「老ヘルマンの愛人か……」


リーゼは瓶の中身を一気に飲み干した。

リーゼは赤らんだ顔と瞳に涙を浮かべていた。


「ああ、間違っちゃいない。愛していたのさヘルマン・ツヴァイクを、同じ錬金術師として」

「リーゼさん」

「だから、せめて遺言位はきっちりまっとうさせてあげたくてさ」

「ヘルマン・ツヴァイクなら、あの御師おし様なら……きっとこんな光景を望むように思えたんだ。だから徹底的に派手にやれせてもらったよ」

「そんな、馬鹿げてる……」


あまりの展開にパウルは先ほどから呆然自失もいいところで、

気の毒に息もするのがやっとなような状態で呟いた。

そう、確かに馬鹿げているが、この光景が一番美しい。

これ以外のレッジョを想像したくないとさえ思える何かがあった。


 地位・名声・財産――――


「まるで、そんなことはくだらないと言わんばかりですね。ヘルマン先生」


あの謎めいた竜の図表は花火の配置を示したものらしいことを、

ルロイは後になって理解したのだった。


この世に赤き竜ありき、

その憤怒は鱗の端々まで赤黒く、

雄々しき怒れる姿は生あるもの全て畏怖し奉る者なり。

失われし幻を抱き、その面影はいと深く赤竜の体に刻まれぬ。

心は清き怒りに満ち、原初の想いに身を捧げる。 

遥かなるわがレッジョに帰りし赤竜は、方々から闇夜を舞い、

己が血潮のたぎりを、その牙の煌めきを星々のごとく輝かせる。

人々は川面に移ったその姿にひれ伏したもう。

赤き竜は踊り狂い、やがて全身はち切れその数々の臓物を赤きしずくとして地に降らせる。

竜の血と皮、骨、臓物が世の一時の平穏、偽りを滅ぼし、

再びその身を隠し狂えるごとくこの世を去りぬ。


「この詩には続きがあってね。『赤竜の姿に魅入られし人の子は、図らずも互いに和解せし』とまぁ、こんな具合なんだ」

「和解ですか。これは、確かに……」


人々の輪を見つめ続けようやくルロイにも何かが腑に落ちた気がしたのだった。


「そうさ、理屈に口説かれる奴なんて、いやしないのさ。男だろうと女だろうとね……」


そう言いつつリーゼは手元にあったワインをもう一瓶ナイフで開けたのだった。


「ちょ、まだ飲む気ですか!」

「当たり前だ。こんなにめでたい日はそうそうないんだからな。朝まで飲むぞ!」


ルロイは呆れつつもリーゼからジョッキにワインを並々注がれ、

ジョッキを受け取るや自身も一気に酒を飲み干したのだった。

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