夕刻のタイムリミット

レッジョの街並みもすっかり夕暮れ時を通り越し空が深い群青ぐんじょう色に染まりつつあった。

黄昏たそがれ時の赤と夜のとばりの青。

夜に沈む闇に沈む間際の対極的な色彩の美しさに彩られるレッジョの街並みとダンジョン群の幻想的な美しさ。

長い冒険の果てレッジョに住むことを決意した、

人間の降り積もった想いをも浄化する。

刻一刻と闇が濃くなるごとに、

レッジョの各所で魔法陣が怪しく輝いてゆく。

そんな中ルロイはモリー、ディエゴらと共に街中を駆けずり回っていた。

立場の違いはあれリーゼの暴走を止めるため、

あれからリーゼの出した謎ときから、

ディエゴの情報網からモリーの拙いながらもリーゼから教わった錬金術の知識をあれこれ出し合って議論し、他に手掛かりがないかヘルマンの居室を含め工房中を探し回ってめぼしい成果がないことに三人ともに気が付くころには日が暮れていた。


このまま時間を消耗することは無駄である以上、

ルロイは市参事会と冒険者ギルドの本部に駆けずり回って、

召喚術士を何人か動員してもらえないか頼みこんだのだった。

ルロイ達の出した推論としてはこうである。

ワイバーンのような小柄の飛竜をレッジョ各所に設置した魔法陣から大量に召喚する。小型の飛竜のブレスによる放火であっても、何十匹と集まれば、街を焼き払うこともできなくはない。

根拠らしいものはない。

魔法陣が何か所どこに設置されているのかも分からない。

それでも、夜になるまであまりに時間がなさ過ぎた。

最悪の事態を防ぐため、

召喚術に秀でた召喚術士をレッジョ各所に配備し召喚を未然に阻止してもらおうとした。冒険者ギルドの詰め所にいた召喚術士たちは召喚術を施した本人でなければ魔法陣の解除まではできないと難色を示した。

それでも、召喚獣をどうにか召喚元へ戻すか弱体化させることはできると答えた。それで構わないから急いでくれとルロイは頼み込んだ。

なんと言っても緊急事態なのである。

ディエゴ、モリーも街中の魔法陣を探し当てるためレッジョ中を駆けずり終わり、ようやく三人はマイラーノ大橋で合流したのだった。


「ぜぇぜぇ、どうですかそちらは――――」

「はーはー……どうにか探せるだけ探したニャ」

「おかげで、残ってた魔法感知薬全部使い切っちゃいましたよぉ」


三人とも息を上げ満身創痍まんしんそういである。


「さて、後は――――」


リーゼの件ですっかり失念しかけていたがルロイにはもう一つ確認しておけねばならないことがあった。

そのために、改めてパウルとモニカを捕まえなくてはならなかった。遺言書に隠されていた文言についてである。

ちょうど大橋の南側からパウルとモニカがやってくる。

周りには護衛と思しき武装した冒険者たちが恐縮しきって数人あとから続いている。何やら歩きながら話し込んでいる様子だったが、ルロイ達に近づくにつれパウルが一方的に喚き散らしているのだった。


「もう、言い訳はたくさんだ!貴様ら、何度あの売女を逃がしたと思ってる!」


パウルとモニカ達の顔つきを見るとルロイ達以上に疲れ切っているように見えた。大方リーゼを雇った冒険者たちの度重なる失態に、業を煮やし自らリーゼを捕らえようとするも更に失敗し、遂に癇癪かんしゃくを爆発させている最中らしかった。

もっとも、それにも疲れ初めようやくルロイ達が自分の目の前にいることを察知するや、自身の醜態を見られたことに多少の羞恥心を感じたのか顔を赤くしていた。


「あ、あんたは!ゆ……遺言書の偽造は証明できたんでしょうね?」


バツの悪さからか、半ば八つ当たり気味にパウルはルロイに詰問を投げつける。

ルロイは満足げに微笑んで見せた。


「ええ、ご心配なく。ばっちり遺言偽造の痕跡が見て取れましたよ」

「ほ……本当か!これでようやく……」


パウルがようやく一縷いちるの望みを見出したように、背筋をピンと伸ばし飛び上がる。が、ルロイが遺言書を丁寧に広げ自身の眼前に突き付けると、天国から一気に地獄へと突き落とされたのだった。


「なっ―――――何故ぇ!」


パウルは眼球を見開き、かすれた絶叫を上げるとそのまま地面に根を生やしたように動かなくなってしまった。


「モニカさんも、見覚えがあるはずですよね」


ルロイは、

すでに燃え尽きて口をあんぐり開けているパウルから、モニカに目を移す。

それまで、仮面のような笑みを浮かべていたモニカの笑みが、

初めてひび割れたように崩れた。


「なっ、何が言いたいのかしら!」

「この文言ですよ」


赤い竜の上に青白く魔法で書かれた文字が浮かんでいた。

そこにはしっかり、遺産をパウルとモニカに譲ることが書かれた文言があった。

当然子ヘルマン氏の筆跡を巧妙に真似てある。

それと同じくして遺言書の竜が赤く光っている。


「いやむしろ、魔法薬を使ったこんな手の込んだ偽装が行えるのはリーゼさんを除けば、魔法薬で事業を立ち上げたあなたくらいのものですよ。遺言偽造もあなたのアイデアではないんですか?」

「ぬぐ……」

「レッジョの法に詳しいお二人ですから、分かっていると思いますけど『相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿いんとくした者』は相続の欠格事由けっかくじゆうとなります。つまり、あなた方はヘルマン氏の相続人としての資格を失います」

「ぬぐぐ……」

「真実を司りし神ウェルスの御名において問う。汝、ヘルマンの子らパウル、モニカは故ヘルマン・ツヴァイクの遺言書を偽造したことを認めるか?」

「………………」


モニカも今や完全に沈黙してしまっている。

策士策に溺れるという格言があるが、

ここまでこれたのはディエゴの嗅覚とモリーの証言のおかげであった。


「沈黙はこの文言を事実として認めたものとみなしますよ!」


最後の一押しとしてルロイが語気を強めて見せる。


「封が切られたと同時にその文言が現れるはずだったのに。どうして……」


ついに観念し、モニカはうなだれる。同時にウェルス証書が白く光る。


「父ヘルマン氏があなた方よりも上手であったということですよ。

この竜の図が光っていますよね。

魔法感知薬で反応したもう一つの箇所です。

これがあなた方の仕組んだものでないとするならば、

ヘルマン氏本人の細工でしょう。

おそらくですが、

こうなることを見越してあらかじめ遺言書が変造されるのを防ぐため、

手を講じていたのではないでしょうか?

原理はさっぱりですがね……」


「そんな……」


遺言書偽造の件はこれでどうにか片が付いた。

後は、さらに厄介なリーゼという問題が横たわっている。


「さて、後はリーゼさんの謎ときの件ですが」


ルロイが大きくため息を吐き出すと同時、

ちょうど夕刻を告げる晩課の鐘の音がレッジョの空へ響いたのであった。


「やぁ、ルロイ・フェヘール。皆の衆もこんばんは」

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