公示鳥とリーゼの工房

一先ずはリーゼがいたであろうヘルマンの工房を目指すため、

ルロイはレッジョ中心部を貫くピカーニ通りを北へ向かっていた。

そう言えば、いつもより人通りが多い。

ルロイは難儀なんぎしながら人混みをかき分けて、

市街の中央を南北に貫くメリノ河に架かったマイラーノ大橋に差し掛かった時である。

けたたましいベルが鳴る音がしたかと思うや、耳をつんざくようなトランペットのファンファーレがルロイの頭上に鳴り響く。


「おわっ!」


見上げると、ベルのめり込んだ奇怪な胴体から嫌にでかいトランペットを生やした公示鳥がマイラーノ大橋のはり鎮座ちんざし橋を行き交う人々を睥睨へいげいしていた。


≪いざ、聞くがよい!レッジョの善良なる市民並びに勇敢なる冒険者たちよ≫


よく響くがやや芝居がかった低音の男声が頭部のトランペットから群衆の頭上へと降り注いでゆく。


≪ダンジョン管理ギルドの名において本日より、武器・防具の商用持ち込みに際し関税を原価の二割から四割へと引き上げること。並びに――――≫


朗々と録音された声を読み上げる公示鳥をよそに、

何事かと足を止めていた数人の通行人もいつものギルドのお偉方の決定通達かと興味なさげに再び一人二人と歩き始めたのだった。

そんな中で、公示鳥を睨み上げていた行商人風の若い男が腹立ちまぎれに小石を公示鳥に投げつけた。

男は悪態めいた言葉を吐きつけ、そのままふて腐れたようにまたルロイとは反対方向へ往来の中を歩き始め消えていった。

おそらくは他の街からやってきた交易商の類だろう。

冒険者に限らずレッジョに来る人間はおおむね血の気の多い輩が多い。

ああした地元の商人を保護するため輸入品の関税引き上げや、

あとはダンジョンの探索権・入場料金・発見したアイテムの買い取り料金の上がり下がりを告げるのも今やあの魔法生物たる公示鳥が担っている。

投石を食らった公示鳥はというと、

キンと金属的な音を立てると何事もなかったかのように口上を述べ終わり、また同じ内容を市民と冒険者に公示するため往来の多い近くの四つ辻へと飛び去ったのだった。


「まぁ、名だたるパウル氏の作品ですからねぇ」


公示鳥の頑丈さにルロイは嘆息する。

ヘルマン氏の息子パウルは特許を応用し冒険者用の便利道具の特許を取得し、

今や名士の中の名士である。

レッジョの街中を飛び回っているヘルマン氏の発明品、

公示鳥を公示人の代わり使うよう市参事会に勧めて、

商品として特許申請したのも彼の発案である。

それというのも、かつて人間が公示人をしていた時代であれば、

公示人が先ほどのような誰かにとって嬉しくないお知らせをすると同時、血の気の多い冒険者どもから乱暴狼藉らんぼうろうぜきをもって熱烈に歓迎されることはかつてのレッジョでは日常的な光景であった。

投石を食らわすなどまだまだ紳士的な方で、頭のネジが外れた荒くれ冒険者から剣や斧でめためたに叩き斬られ命を落とした公示人も珍しくない。

やがて、公示人になりたがる人手はいなくなり行政を司る市参事会も頭を悩ませていた。そこで、パウル氏が父の発明品である鳥形の魔法生物を公示人の代わりとして使ってはどうかと持ち掛けたのだった。


で、効果はてきめん。


魔法生物で頑丈な公示鳥は冒険者どもの剣や斧、魔法による攻撃でさえも容易に壊れず、こうして使命を全うし続けている。鳥の形をしているためいざ危なくなっても空へ逃げればよし。

それ以上に、空を飛んで迅速に移動できるため人間の公示人よりも短時間でより多くの人々に重要なニュースや情報を伝達できる高い能力がレッジョの各方々で大いに評価されたのであった。

今や市参事会はもちろんの事、公示鳥を商品の宣伝に使いたいレッジョの有力な商人や、あるいは伝令代わりに使いたい冒険者などから公示鳥は引っ張りだことなっている。

ちなみに、ベル内蔵の胴体にトランペットの頭といういかにも機械じみたあのフォルムを発案したのもパウルで、公示鳥がより自らの仕事を効率的に行うための大胆な改良案に基づいてなされたものである。

ついさっきルロイが見かけた公示鳥はヘルマン氏の発明したものと区別するため「後期型公示鳥」と呼ばれている。




「ここが、ヘルマン氏の……いや今やメルケル氏の工房か」


なかなか立派な工房なものでルロイは思わず独り言ちた。

聞くところによると、ヘルマン氏の偉業を讃えるべく市参事会のさるお偉方が使っていた古い格式ある邸宅をヘルマン氏に寄贈し、その邸宅を改修したものだという。

重厚そうな壁と小さい窓が特徴的なさながら要塞のような武骨さを思わせたが、柱や玄関には神話に出てくる幻獣のレリーフが彫られていて、そのいかめしい重厚さに華を添える形で洒脱しゃだつさをかもし出しているのだった。玄関先からルロイが工房の全景を見上げるように上を向いてみると、なにか悪戯めいた調和のなさがあった。

が、更に中央の玄関出口のドアが開け放たれていた。

ルロイ少々怪しげに思いながらも、人気のない工房へと入っていった。

中へ入ってみて、少しばかり身構えていたルロイはあっけに取られていた。

日中だというのに本当にあたりを見回してみて人気が感じられないのだ。

それどころか本来は実験に使うであろうフラスコやるつぼ、薬液が入った壺などもきれいに棚にしまわれ、部屋の中央部に設えられた実験用の巨大な炉も完全に休止している。


「工房そのものが喪に服していますね……」


その静謐せいひつさと共に人気のない薄暗さが、訪れたルロイにとっても途方に暮れてしまいたくなる。

これは無駄だったかもしれないときびすを返そうとしたときであった。

ルロイは、いぶかしし気な目線に気が付く。


「あのどちらさまです?」


分厚いエプロンを羽織はおった小柄な少女がルロイを見上げている。

何か作業をしていたのか、浅黒い顔に汗の玉が浮かんでいる。

両手には恐ろしく分厚い魔導書らしい革を張った本を、数冊塔のように危なっかしく積み上げてどこかへ向かう途中らしかった。


「ああ、すいません。御師おし様が亡くなってから色んな研究資料の整理とかでバタバタしちゃってて……っててあぁ!」


彼女は本の塔を盛大に崩してしまい、

床に散らばった本の束を一つ一つ拾って再び重ねている。

特に傷も付いておらず大丈夫だ。

と、少女は額の汗を手の甲で拭いながらはにかんで見せる。

御師おし様とはヘルマン氏の事だろう。

ルロイは、手短に自分が何者で何の目的でここへ来たかを目の前の少女に伝えた。


「ああ、リゼ姉ですか」


おそらくこの少女は、リーゼの助手かなにかだろう。

やけに気さくな呼称で、偏屈で神経質な錬金術師のイメージからは程遠いどころか対照的でさえある。


「あの君は?他の徒弟の方達は……」

「モリーって言います。リゼ姉の弟子で色々お手伝いさせてもらってますよ。他のお弟子さんの錬金術師や職人さんたちは御師おし様の葬式が終わって喪が明けるまでは、暇を出すってリゼ姉が言ってました。あっでも私はリゼ姉のやらかした実験の後片づけとかで居残りしちゃってますけど……」

「『リゼ姉』ですか、随分彼女を慕っているんですね」

「はい!」


ルロイの言葉に元気に頷きかけて、モリーの明るい顔が少し鎮痛に沈んだ。


「うう……でも昨日、ここを飛び出してからずっと戻ってきてないんですよ」

「そうですか、せめて何か手掛かりでもとここを訪ねたのですが……」

「うーん。あ、なんか訳わかんないこと言ってました。ええと、夜空に赤き巨竜を降臨させてどうのとか――――」

「赤き巨竜?」


赤き巨竜。

ルロイの頭になにかが引っかかった。

ずいぶん昔どこかで聞いた気がする。

だがどういうわけか今は頭の中がぼやけてしまってその記憶の輪郭をはっきりと掴むことができないでいる。難しい顔つきになったことで何かしら知っていると期待したのだろう。

モリーが、大きなとび色の瞳で無邪気にルロイの顔を覗き込んできた。


「あっ、何か思い当たる節でも?」

「いえ、それだけでは何とも。他には何か……」


済まなそうにルロイは目を伏せると、

今度はモリーに手掛かりになりそうな事や、

最近のリーゼの言動におかしなところがなかったか質問の仕方を変えて試みた。が、その度にモリーが悩ましく眉間にしわを寄せただけで終わった。


「いやぁ、リゼ姉って……元からおかしいというか……あっ、これはその……決してけなしているわけじゃないですよ。ホントです!むしろ、そんなリゼ姉を凄い尊敬してます私。この間なんか、ダンジョンまで乗り込んで、ゾンビ化してキノコを生やしたマンドラゴラにかじりついたんですよ」

「なんで?」

「え……それは、超レアだから、味もぜひ知っておきたいって……」


生理的嫌悪を催しているルロイのことなど知ったことではないとばかりにモリーは笑顔でまくし立てている。


「で、その前は、私が人体実験を引き受けてエーテルに漬け込んで化石みたいになったパンを食らわされましたぁ」

「なんという!」

「しばらく舌がバカになっちゃいましたが、なんかその天国が見えましたぁ……アハハ」

「あの、舌だけじゃなく頭もやばいんじゃ……」

「何か言いました?あ、他にも……」

「いや、もう大丈夫です。十分お話は聞けましたから」


その後ルロイはモリーにあれこれ聞いて見せるがどうにも、パウルとモニカを相手にしたときと同様に有益な情報を聞き出せそうにもなかった。

ただ、ルロイの口から両者の名前が出たとき、快活なモリーの表情がすぐに曇った。それだけで、モリーがパウルとモニカを快く思っていないことはありありと伝わってきた。


「ホントに酷いんですよ!あの人たちったら……リゼ姉のこと影で御師おし様に取り入った淫売だの邪法を使う魔女だのって……どうせ、自分たちにリゼ姉ほど才能がないからきっと妬いてるんですよ」


ヘルマン氏が発明の創造に秀でた天才ならば、

パウルとモニカはその発明を金に換える才覚に恵まれた人物であった。

先ほどの公示鳥が、レッジョで誕生してからの経緯がそのいい例である。

それゆえか、何かにつけ生前のヘルマン氏とはそりが合わないようであるとルロイも薄々は気が付いていた。パウルもモニカも錬金術師として自らの研究を引き継ぐ気質でない。となると、そのリーゼという人物はヘルマンの後釜たるにふさわしい逸材であるらしかった。


探究者と商売人では考え方も感じ方も合わないとしても不思議ではない。

どうやらパウルとモニカのヘルマンの実子たちとリーゼの確執はルロイが思っていたよりも根が深く水面下で、今回の遺産相続に際しても色々と陰謀めいた駆け引きやら衝突があったものとみて良いようだ。

ルロイはモリーに軽く感謝の念を伝えると工房を後にした。


「赤竜か。結局、雲をつかむような話ですね……」


「赤竜降誕祭」たしか昔のレッジョの人々はこの大橋でその祭りの光景を楽しんだらしいが、今になって誰も祝う者もなくルロイのような若者にとってみれば、おぼろげな昔話なのだった。

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