懐かしい姿が目に入る。最後に見たのはいつだっただろうか。

 流れるような白銀の髪プラチナブロンド碧眼へきがんの瞳。白のワンピースから覗く手足の輝くばかりの白さは、まるで大理石のようで記憶の中の彼女と寸分たがわぬ姿だった。

 なぜ今、彼女の姿が見えるのだろう? と、思わなくもない。

 原因はわかっている。プレイヤーのイヤホンから流れる音楽だろう。聞き覚えのない曲ではあるが。

 確か噂では『不意に聴き慣れない旋律メロディと共に歌声が聞こえてきて……』だったかしら、と当時流行はやっていた都市伝説の内容を思い出しながら、視線だけを左右に振ってみる。追い越していく人たちが彼女に気付いている様子はうかがえない。

 視線を戻したら姿が消えていた――ということもなく、変わらずそこに彼女はたたずんでいる。


(何してるんだろ?)


 と、思わず間の抜けた疑問が思い浮かぶ。

 その思いが届いたのかどうか。彼女がふわり、と柔らかく笑った気がした。


(――えっ!? 笑った?)


 思ったよりも大きな衝撃となった驚き。そういえば、彼女が笑った姿を見たという記憶がない。

 しばらく呆然と彼女を見つめていると、大きな雲の切れ間から太陽の光が差し込んでくる。一瞬視界が真っ白になり、顔をしかめながらとっさに手のひらでひさしを作ってまぶしさを回避する。

 視線を戻してみれば――今度は彼女の姿が消えていた。


「……何しに来たんだろ?」


 と、ちょっと失礼な疑問が口をつく。

 雲の切れ間から覗く太陽が明るく辺りを照らす中、まだ小雨は降り続いている。

 昔から雨は嫌いだった。だけど――


「天気雨……か」


 天気雨はそうでもない。

 気付けば人の波も途切れていて、先ほどまでのささくれ立った気持ちもすっきりとしていた。

 雨の中を一歩踏み出す。何てことない。躊躇ためらっていたことがバカらしい。彼女のおかげかな、と思う。


(もしかして、この為に会いに来たのかも――って、まさか、ね)


「んんー! さーて、今日も一日がんばりますか! そうだ。仕事が終わったらあいつを呼び出してやろう! 今日はとことん付き合わせてやる! 朝まで呑むぞー!」


 まだ出社すらしていないのに、仕事終わりの一杯に思いをせ、拳を握り締めて意気揚々と腕を突き出して吠える。

 ずっと待たされた挙句、いろいろ世話まで焼いてやったのだ。一生――は勘弁してあげるとして、十数年分は恩に着せてやろう。そう思うと心も足取りも軽くなる。

 ふと、思い立ってワイヤレスリモコンの液晶画面を見てみる。そこには"天気雨"という曲のタイトルが表示されていた――が。


「ん。やっぱシラネ」


 タイトルを見ても、やっぱり曲に覚えがなかった。



                               ~Fine~ 

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言の葉の祈り音 維 黎 @yuirei

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