Ⅲ
懐かしい姿が目に入る。最後に見たのはいつだっただろうか。
流れるような
なぜ今、彼女の姿が見えるのだろう? と、思わなくもない。
原因はわかっている。プレイヤーのイヤホンから流れる音楽だろう。聞き覚えのない曲ではあるが。
確か噂では『不意に聴き慣れない
視線を戻したら姿が消えていた――ということもなく、変わらずそこに彼女は
(何してるんだろ?)
と、思わず間の抜けた疑問が思い浮かぶ。
その思いが届いたのかどうか。彼女がふわり、と柔らかく笑った気がした。
(――えっ!? 笑った?)
思ったよりも大きな衝撃となった驚き。そういえば、彼女が笑った姿を見たという記憶がない。
しばらく呆然と彼女を見つめていると、大きな雲の切れ間から太陽の光が差し込んでくる。一瞬視界が真っ白になり、顔をしかめながらとっさに手のひらで
視線を戻してみれば――今度は彼女の姿が消えていた。
「……何しに来たんだろ?」
と、ちょっと失礼な疑問が口をつく。
雲の切れ間から覗く太陽が明るく辺りを照らす中、まだ小雨は降り続いている。
昔から雨は嫌いだった。だけど――
「天気雨……か」
天気雨はそうでもない。
気付けば人の波も途切れていて、先ほどまでのささくれ立った気持ちもすっきりとしていた。
雨の中を一歩踏み出す。何てことない。
(もしかして、この為に会いに来たのかも――って、まさか、ね)
「んんー! さーて、今日も一日がんばりますか! そうだ。仕事が終わったらあいつを呼び出してやろう! 今日はとことん付き合わせてやる! 朝まで呑むぞー!」
まだ出社すらしていないのに、仕事終わりの一杯に思いを
ずっと待たされた挙句、いろいろ世話まで焼いてやったのだ。一生――は勘弁してあげるとして、十数年分は恩に着せてやろう。そう思うと心も足取りも軽くなる。
ふと、思い立ってワイヤレスリモコンの液晶画面を見てみる。そこには"天気雨"という曲のタイトルが表示されていた――が。
「ん。やっぱシラネ」
タイトルを見ても、やっぱり曲に覚えがなかった。
~Fine~
言の葉の祈り音 維 黎 @yuirei
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