7.
「――うおおおおっっ!!」
突然横からアッシュを殴った人物に、由香は驚いた。
「か、片桐くん!?」
「そう来ると思ったんだ」
吹っ飛ばされたアッシュが、ニヤリと笑った。「やっと面白くなってきたね」
すぐに立ち上がり、服についた埃を両手で払う。
「何だと?」
「絶対割り込んでくると思ってたんだ。君はどうしても、石堂由香を死なせたくないみたいだったからね。そうだろ、インディゴ?」
「え……」
言われて、絶句した。やってしまった今でも、自分では、なぜアッシュを殴るなんて真似をしたのか理解していない。衝動に駆られて飛び出しただけだ。なのに、それをアッシュが予期していたと聞いて、更に混乱した。
「イン……ディゴ?」
呟く由香に向かって、アッシュがからかうように言う。
「そうだよ。彼はインディゴ、〈我々〉の一員さ。君を何日も監視し、君と父親の抹殺を決定づける報告を上に送って、僕が君の父親を殺すところも見ていた。なのに、君が死ぬのは嫌なんだってさ」
「か……片桐くん……」
呆然と、由香がインディゴを見る。彼はその視線を受け止められなかった。
「それはともかく――わかってるよね? インディゴ」
嘲り声の中に閃く、鋭い刃。
――なぜそんなことをしたかわからないとはいえ、アッシュの任務の邪魔をしたのは事実だ。それは即ち――
「〝裏切り者には――死を〟。それが、〈我々〉の掟だ」
アッシュが、残忍な笑みを浮かべた。
――死にたくなければ、戦うしかない。
だが、相手はアッシュだ。〈我々〉の中でも、一級の暗殺者。監視者のインディゴが、まともに戦って敵う相手ではない。何であれ灰と化す能力を持つ、あの手に触れられたら終わりだ。
台所の電気がふっと消えた。
「きゃっ!?」
由香が一瞬悲鳴をあげたが、インディゴが素早く壁に近寄ってスイッチを切っただけである。
小窓から差し込む月光に、藍色に照らされる室内。――そこに、インディゴの姿はない。闇に、溶け込んでいる。
「さすが監視者だね。本気で潜まれたら、僕でも気配を捕らえられないよ」
アッシュは、隠れようともしない。シルエットを浮かび上がらせ、余裕めいた言葉を口にしている。
――闇に乗じて近づき、奴に触れられる前に
アッシュの立ち姿は一見隙だらけなので、逆に、いつどこから攻撃すればよいか判断に迷う。
部屋の隅から聞こえる、由香の呼吸。当人は必死に落ち着こうとしているのだろうが、だんだん息が荒くなっていく。場の緊張に耐えられなくなった由香が身じろぎして家具にぶつかり、ゴト、と音を立てた瞬間、インディゴが動いた。
右手にはナイフ。背後から、アッシュの心臓に叩き込んで――
ふっ、と、右腕の感覚が消えた。闇の中、何かが舞い散る。
灰。
ぼとっ、という、床に落ちる音。
「――うあああっ!!」
遅れて襲ってきた激痛に、彼は絶叫した。
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