4.

〝私、石堂由香。あなたは?〟

 畜生。何て顔で、笑いやがるんだ。心の中で、彼は毒づいた。

 どうしようもなく腹が立つ。だが、何に対して怒っているのか、自分でもよくわからない。

「やあ、待たせたね」

 後ろから声をかけられ、慌てて振り返る。そこにいたのは、彼と同じ年頃に見える、小柄で中性的な少年。

「――アッシュ」

 平静を装って、彼は応えた。「あなたほどの人が来るとは、思いませんでした」

「ま、ドリーマーは相当の奴だったらしいから、念のため、ってとこだろ」

 アッシュと呼ばれた少年は軽く流す。

「それで、間違いないのかい? インディゴ」

 インディゴ――由香の前では片桐聖司と名乗った少年は、頷いた。

「ドリーマーが石堂頼子という名で、この街にいたことは間違いありません。現れた時期も、姿を消したのも、ドリーマーの逃亡期間に一致する」

「奴が〈我々〉の施設から逃亡したのは、十……七年前だっけ?」

「はい」

 インディゴはすらすら答えた。

「十七年前、所属していた研究所から他へ移送中に脱走。七年後、北方の地方都市に潜伏していたところを発見、追手の攻撃により死亡。従って、逃亡期間に何をしていたか、当人の口を割らせることはできなかった。その後の調査でも、足取りは不明です」

「逃げ出した施設とも、発見された場所とも縁のないこんな土地で、結婚して子供まで産んでたなんて、全くわかってなかったわけか――最近までは」

「はい」

 インディゴは頷く。

「ドリーマーによく似た少女、石堂由香を発見した〈我々〉の一員が、通報してくるまでは……」

「血のつながりは怖いね!」

 からからと、アッシュは笑った。「ドリーマーも、そんな落とし穴があるとは思ってなかったよね。自分では、夫と娘の存在を隠し通したつもりだったろうに」

「〝裏切り者には――死を〟」

 インディゴは呟いた。「それが、〈我々〉の掟です。脱走というドリーマーの行為は、裏切り以外の何物でもない。ですが」

 探るような目で、アッシュを見る。

「夫と娘は関係ないのでは? 彼等を殺す必要は、どこにも」

「ドリーマーが脱走しなかったら、石堂利雄は夫にならなかった。娘は生まれなかった。全て、責任は奴にあるのさ――と、上の連中なら言うだろうね。あと、ドリーマーが何か情報をもらしたかもしれない、とか。でも、その辺はどうでもいいんだよ」

 アッシュは、少女のような顔に残忍な笑みを浮かべた。

「僕は、ただ殺したいだけなんだから」

 その表情に、インディゴはぞっとする。

「どうだい? その娘、ドリーマーの〝力〟を受け継いでいたりしないかい?」

「いえ。監視していた限りでは、その徴候は」

「ふうん。ま、娘はあとにしようか。もしかすると、って可能性はあるし、楽しみはとっておかないとね。父親は、今どこに?」

「家です。夕方、娘が学校から帰ってくるまでは、一人で寝ている」

「じゃ、行こうか」

 アッシュは歩き出した。「君も来るんだろ? 見届け役として」

「――ええ」

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