第22話:ヒュベリオンの誤算

「何て事だ。まさか、予想以上の動きを見せるとは思っていなかった」


 ゲームメーカーの社長室、そこのパソコンで動画を視聴しているARメットを被ったヒュベリオンは思い違いをしてしまったのである。それは、アルストロメリアの役割だった。ヒーローブレイカーのストーリーモードでも世界を変える為の英雄役があるのだが、そこに割り当てたのが彼女たちである。


 しかし、彼女たちはヒュベリオンの想定以上の働きを見せ、遂にはヒーローブレイカーの裏テーマとも言うべき真実にたどり着こうとしていた。


(あの事実を今のタイミングで公表されれば、いずれヒーローブレイカーは自壊する。SNS炎上等の手を下さなくても)


 見ている動画はアルビオンとアルストロメリアのバトルであり、現在配信中の物。それに加えて、既に勝負はアルストロメリアの勝利で幕を閉じた所でもある。


(ゲームの運営はスタッフに任せても問題はないだろう。今は、これ以上の秘密を暴かれる前にアルストロメリアを止めるべきか)


 今までは見ているだけで直接手を下す事のなかったヒュベリオンも、今回に限っては自ら動かざるを得なくなった。それだけイースポーツ大会を成功させ、ヒーローブレイカーに一定の評価を与えようという意図があるようにも見える。


 彼が向かう場所は、会社からさほど距離の離れていないゲーセンであり、アルビオンとアルストロメリアのバトルが行われていた場所でもあった。駆け足で向かう訳ではないが、急がなければ手遅れになるという事実に変わりはない。下手に走ればスタッフに何かを気付かれる懸念もあって、冷静を保って動かざるを得ないのだ。


(やはり、あの時に対処するべきだったのか)


 ダークフォースの構成員を撃破し始めていた頃、あの時にアルストロメリアを対処できていれば――。思う所はあるのだが、SNS上でマッチポンプである事実が拡散してイースポーツ大会の対象機種になる前に炎上する可能性もあり、あのタイミングでは動けなかった。改めてSNSの情報を更に収集し、対策を練っていれば悲劇が起こる事もなかったのである。



 バトル終了後、アルビオンは天津風唯(あまつかぜ・ゆい)に対し、何かを謝罪していた。しかし、周囲からはその行動があったのかも見えなかったのだという。ARメットによる通信と言う可能性もあるが――本人が語ろうとはしない。


「何も語りなくないのであれば、それでいい。ARゲームには勝者もいれば、敗者もいる。それぞれに進むべき道は示されているのも事実だ」


 アサシン・イカヅチはプレイ終了後から二分後、天津風に電話連絡をする。丁度、ARゲームコーナーを離れて休憩所で一休みしている所だった。


『分かってる。全てはある一人の人物による歪んでしまった思考が暴走した結果だろう』


「歪んだとは断定できないが、手段の違いでそう読み取られるのは明白だろうな」


『全てはイースポーツ発展の為。しかし、彼は手段を明らかに間違えた。それは揺るがない事実だ』


「日本がイースポーツの発展を考えたのは、流行語に選ばれてからやっとだろう」


 天津風の声にリズムゲームの爆音が混ざるのは、休憩所ではなく近くにゲーム筺体のある待機列にいる可能性も少なくない。こういう場所でスマホで通話をしようと考えても聞き取りづらいのがオチだろう。


『しかし、マスコミのマッチポンプにも似たような主砲は過去にも例がある』


「超有名アイドル商法、そう言いたいのか? 天津風」


『そうだ。SNSを悪用し、歪んだ情報を拡散し、炎上させてストレス発散や一時的な悪目立ちをしようとするような――』


「それらの行為が下手をすれば大規模テロ事件にも匹敵する――それはWEB小説でも何度か言及されているだろう?」


『その通りだ。おそらく、それがヒーローブレイカーのアイディアだったのだろうな』


「そこまで把握しているのか?」


『自分を甘く見ないでもらおうか。これでも小説家という肩書も持っている』


「なるほど。我々も知らない情報は、小説家としての勘と言う事か?」


『そう言う事にしてもらおうか。それでは、切るぞ』


 その後、通話が切れる。イカヅチはヒュベリオンの動向に関しては何となくだが把握していた。ストーリーモードがリアルな箇所、実在する都市をベースにしている事、それ以外にもゲームシステムが難解になっていない箇所もある。下手に難しくしてもプレイヤーが集まらないと考えたか、更なるプレイヤーを集める為のシステムに変えたのかは定かではない。


(どちらにしても、ヒュベリオンから聞くべき事があるという事か)


 全ての事件はヒュベリオンに関係していると思われる以上、本人に真相を聞きだすのが早い。しかし、その正体は未だに謎の部分が多く、ダークフォースのサイトでも有力情報が存在しないのだ。



 午前十二時、お昼のニュースでは株価下落のニュースがトップになっている。その規模は、約千円に迫るレベルだ。


「イースポーツ絡みで株価が下がるとも思えない。これは別の事情が関係するのか」


 スマホで株価下落のニュースを見ていたのは、バイトがないので別のゲーセンへ向かう途中のビスマルクである。歩きスマホをする訳にもいかないので、足を止めてニュースを確認しているのだが。


(あの人物は?)


 ビスマルクのいる歩道とは違う場所、そこを歩く人影に彼女は見覚えがあった。その人物とは、ARメットにコート姿のヒュベリオンだったのである。


(ヒュベリオン? 何処へ向かうつもりなの?)


 ビスマルクが視線をヒュベリオンに向けると、その場所は丁度向かう予定のゲーセンの方向だった。これには驚くしかないのだが、彼は何のために向かっているのか。


(まさか、彼の向かうゲーセンにいるのは――)


 ビスマルクは何かを察してヒュベリオンを尾行する訳ではないが、気付かれないように追尾を行う。そして、数分後にたどり着いた場所――それはつい先ほど、アルストロメリアがアルビオンとバトルを行ったゲーセンである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る