3-2
秋月千早(あきづき・ちはや)は数日前にもアドバイスをしていたのである。それは、照月(てるつき)アスカがとある動画を発見した時のことだ。
「アレがよさそうな気配がする」
彼女の言うアレとは、パワードスーツである。ディフェンスは優秀だが、機動力は犠牲となっているクラスだ。
「最初はヒーローの方がいいと思うけどね」
秋月はさりげなくアドバイスをするが、彼女の目を見ると聞きそうになような感じがした。それは、数日後の三月二五日のプレイで現実となってしまったのである。
《最初は使用する武器を選んでみましょう》
その時の照月は、若干だが思考が止まっている状態になっていた。装着しているメットのバイザーにはアイコンらしき物は表示されているが、それをどうやって操作するのかも手探り状態になっている。チュートリアルを若干飛ばしたりしたのが裏目に出たと言えるかもしれない。結局、照月は前代未聞とも言えるような行動で周囲のギャラリーを驚かせる結果になる。
(武器はなくても、素手で攻撃してはいけないとも言われていないはず)
何と、アンノウンに接近したと思った矢先――敵にめがけて鉄拳を放った。これには、秋月も呆れかえるしかない。確かに素手格闘で戦うプレイヤーも上位ランカーには存在するし、格闘専門武器も存在する。しかし、いくらなんでもセオリーを破り過ぎだ。
「いきなり素手格闘かよ!」
「パワードスーツで素手格闘は初めて見た。ほとんどがESPのプレイヤーだからな」
「上位ランカーにも素手格闘のプレイヤーがいるが、ソレに影響を受けたのか?」
案の定、周辺のギャラリーも今回のセオリー破りは驚いている様子。しかし、よく見て見ると彼女のプレイ回数は秋月の予想を裏切るような回数だった。
「えっ? プレイ回数のカウントがある?」
初プレイであれば、プレイ回数ではなく《ファーストプレイ》と言う表記になる。しかし、照月は既に二回と言うプレイ回数がカウントされていた。一体、どのタイミングで彼女はヒーローブレイカーをプレイしたのか?
(初回以降のチュートリアルは任意で飛ばす事も出来るけど、まさか――?)
そこからはじき出されるのはいくつかあるのだが、彼女がARゲームをプレイした事がないという可能性もある。それならば、ARゲーム周りのオプションなどにも不慣れなはず。チュートリアルスキップは三度のプレイで自動的に飛ばせるようになっているが、それを行っていない。
ARゲームには機種によって違うが、統一してチュートリアルスキップをする等の設定を行えるはずだ。秋月は照月がARゲーム未経験者と考えていたのだが、その後のプレイはいたって普通に進めていたのでそう言う事ではないらしい。
「案外、AR格闘ゲームの経験者かも」
「それならば、いきなり武器を設定せずに素手で戦う事もあり得るか。必殺技はないけど」
「それはないのでは? ARゲームにはそれぞれで個別データが作られる話のはず」
「ARゲームの総合アカウントが作られ、それとは別にゲームごとでは?」
周囲も照月がいきなり素手で鉄拳を決めた事に驚く声もある一方で、別の意見も存在している。秋月もマニュアルはチェックしているが、ARゲームのアカウント関係ではアップデートを繰り返している影響で覚えきれないのが現状だ。
(一体、彼女は数日の間で何をしていたの――)
照月と二四時間一緒にいる訳ではないのは当然だが、どのタイミングでヒーローブレイカーを始めていたのかは秋月には分からない。今回のプレイが初めてではないとすると、最初にヒーローブレイカーを教えた時か? それとも、次にARゲームセンターへ行った時か? 結局は、今回のプレイで照月はゴリ押しには近いものの、見事にチュートリアルステージをクリアして見せた。
(チュートリアルではアレがないけど)
秋月は照月のプレイを見て若干の不安を感じる。あのプレイスタイルでこれからのプレイ、特にマッチングで対応できるのか?
「そこは、これから考える事にしましょうか」
今は照月がヒーローブレイカーに関心を持ってプレイしてくれた方が大きい。プレイスタイルはあまり言及しないとも決めたし、その辺りは自分で研究すれば済む話でもあった。
昨日、この時は小雨気味と言う事もあって秋月も照月を誘わなかった。ARゲームは天候によって中止になる機種もあったからである。
「今回は動画を見て情勢を見極める事に――」
自宅で動画をチェックしていた秋月だったが、彼女としては若干気になっている事もあった。それは照月が一足先にヒーローブレイカーをプレイしている可能性である。VRゲーム版を先にプレイしてもARゲーム版のデータと共有している為、そこで判明事もあるだろう。秋月が見ている動画はARゲーム版だが、VR版のプレイヤーと思わしき挙動をするヒーローとレイドバトルで戦っていた。
(この挙動はARではあり得ないような動きをしている。もしかして?)
レイドバトルでの挙動は随時更新されているのだが、ARとVRでは若干のタイムラグが存在する。それが完全解消できれば、ARとVRと言う別操作系統同士でもマッチングが実現出来るとは運営も言及していた。しかし、それは夢物語であり実現できるような物ではない。そう、秋月は考えていた。
(ゲームハードの違いを完全解消し、違うハード同士のマッチングが実現出来るとは思えない)
ソーシャルゲームでスマホ版とブラウザ版が存在する様な状況とは全く違い、A社のハードとB社のハードで同じゲームが出ても違うハード同士のマッチングは不可能に近い。VR版とAR版と言う分け方をしたのは、ARゲームに不慣れなプレイヤーでもVR版でプレイできるようにしたと運営は公言している。
(新人プレイヤー? 一体、どういう事?)
ニュースサイトの方で、変わった新人プレイヤーが現れたとニュースになっていた。その画像が出回っている訳ではないが、プロゲーマーがARゲームを始めるだけでもニュースになるのでさほど気にはしていなかったのである。しかし、このニュースが照月の事だという事を知ったのは、二五日のプレイを見てからだった。
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