第55話 ピクニックとハイキングの違い

 ピクニックとハイキングの違いは、その最終的な目的が食事をとるかどうかという点になる。その点で言えばこれはピクニックだ。堂嶋さんと、真希さんは若いころに一度だけ一緒にピクニックに出かけたことがあったという。堂嶋さんは若いころに頻繁に登山をしていたらしいのだが、元々があまり体の丈夫ではない真希さんと一緒に登山をすることはかなわない。せいぜい近隣のハイキングコースを巡るのが精いっぱいだった。オートキャンプ場のあるハイキングコースを一周してバーベキューをした二人はその後の堂嶋さんからのプロポーズで結婚することになった。「また一緒に来ようね」とささやき合った二人だったが、娘の梨花ちゃんを出産した際に、さらに体を壊してしまった真希さんが二度とキャンプ場に足を運ぶことはなかったという。


 キャンプ場へと向かう車を運転するのは堂嶋さんだった。クーラーボックスにワインが入れてあるので帰りの運転はきっとあたしになるのだろう。

娘の梨花ちゃんも一緒に来るものだと思っていたのに、「なにがなんでもお母さんを食べたくなんかない」と言い張る娘をどうしても説得することが出来ず、あたしと堂嶋さんの二人きりになると知らされたのも移動の車の中だった。当初あたしは、真希さんに食べてほしいと言われていたにもかかわらず、彼女を食べることはお断りしようと決めていた。部外者のあたしがしゃしゃり出るのはふさわしくないという言葉は言い訳のために用意をしていたが、本心はそうではない。

その気持ちを言葉で表現するのはとても難しいが、なんというか、真希さんが自分の中で永遠に生き続けるということがどうにも心苦しかったのだ。彼女とひとつになりたくない。彼女と一緒にしてほしくはないという感情があった。しかし、なぜあたしがそのような気持ちになるのかについてはよくわからない。

しかし、車の中で堂嶋さんに一緒に彼女を食べてほしいと誘われた時、あたしは素直にそれを受け入れることにした。たぶんその理由は真希さんからの形見分けであんなものをもらったせいだ。あんなものをもらったのではいまさら彼女の申し出を断れるはずもない。それにあれがあたしに託されたことで、真希さんに対してどことなく抱いていた敵対心のようなものがスーッと消えてしまったのだ。

 

 キャンプ場に到着したのは午後二時を過ぎた頃。首都圏から一時間ばかりで到着したその場所は大自然に囲まれ、見渡す限りに人工建造物はキャンプ場の施設を置いて他にない。平日と言うこともあるのだろうが、天気がいいにもかかわらず来客はあたし達のほかには誰もいない。 たったこれだけの移動で都会の喧騒を離れ、非日常に浸れる場所があるというのにこれほどまでに閑散としているのは人口の急激的な減少によるものなのだろうか。それともそれほどまでに現代人はこう言った娯楽に興味を示さないほどに疲弊しているのだろうか。

 唯一出会った人間はキャンプ場の受付をしている老人で、キャンプ場の使用料を黙って受け取るだけで何も言葉を発しなかった。故に、ここはとても静かな場所だった。

 堂嶋さんが静かなエコカーのエンジンを切り、静かな景色はいっそう静かになる。

天高く、ごうごうと空のいびきのような音が鳴り響き、風がそよぎ、木々を揺らして葉の擦れる音が鳴る。遠くで鳥が二度啼き、そっれっきりまた静かになる。自分自身の心臓の音が聞こえる。どくどくどくと、ゆっくりと内側に響くその鼓動に、たしかに自分が生きていることを悟る。

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