第19話 今回のゲスト 瓜生照実


 今回の遺族、瓜生照実(うりゅうてるみ)は現在18歳。3月に高校を卒業したが、進学、就職はせず、自宅で家事手伝いをしている。家事手伝いとはいえ、実際に家事をしている様子はない。要するにニートである。彼の住居は都内の分譲マンション、八年前に献体した父、和幸から相続した物件だ。

 エントランスに警備員の立つそれなりに立派なマンションの入り口で部屋番号803を呼び出し、「先程ご連絡をいたしました人肉調理師の堂嶋です」とインターフォン越しに名乗ると、瓜生氏は何も答えず黙ってエントランスのセキュリティーロックを解除した。エレベーターで八階に上がり、部屋の前のインターフォンを鳴らすとやはり無言でロックは解除され、中からジャージ姿で、ボサボサの髪の若い男性が出てきた。この男が瓜生照実で間違いないのだろう。その男、瓜生さんは挨拶をするあたし達と目を合わせることすらせず、視線を部屋の中へと反らした。

 ――中に入れ。たぶんそういう意味なのだろう。

「失礼します」と言って中に入り、「このたびはご愁傷さまでした。まずは故人にご挨拶を」と申し出たが、「や、別にいーよ。そういうの。ここにいるわけでもないから」と冷たくあしらわれた。「それよりさ、さっさと決めて帰ってくんない? 俺だって忙しいんだから」

 と、無機質な反応。あまり歓迎されている様子ではない。

 立派なマンションであるにもかかわらず、室内は随分と散らかっている。しかしゴミ屋敷と言うほどではない。おそらく故人、瓜生照実の母、瓜生亜由美が生きていた三日前までは彼女が家の掃除をしていたのだろう。おそらくそれ以後、整理整頓される様子もなく散らかしほうだいにされている。と言う感じだ。四人掛けのダイニングテーブルの一角に瓜生さんがまず座り、その向かいの二席にあたし達が腰かける。テーブルの上には食べ散らかした後のコンビニの弁当のパックのごみやら、空のペットボトル、スナック菓子の袋が散乱している。瓜生さんの座っている椅子の正面だけいくらか物が乗っていないスペースがあるくらい。おそらくはいつもその場所に座ってコンビニで買ってきたものを食べて過ごしているのだろう。テーブルの下にもゴミがいくつか散乱し始めている。このまま放っておけば近い将来ゴミ屋敷になるのは必然だ。

「では、手短にお伺いします」

堂嶋さんはやや控えめに、落ち着いた口調で話し始める。

「まず、瓜生さんの食べ物に好き嫌いはありますか」

「いや、べつにないね。なんだって食うよ」

「そうですか。では、瓜生さんと故人との間にあった、なにか思い出深い出来事などはありますか?」

「ふっ」と、瓜生さんは小さく鼻で笑った。「ねえよそんなもん。大体さ、あいつとは別に親子でも何でもねーんだしさ。思い出なんて聞かれても困るって。所詮親父の金目当てで結婚しただけの女でさ、よーするに遺産受け取った後、仕方なしに子供の俺の身の回りの世話してただけのカンケーだよ。だからさ、別に思い入れなんてねーの。任せるよあんたにさ。あんたプロだろ。なんかうまいもん食わせてよ。それでいーわ。じゃあ、そーいうことで、もう帰ってもらっていーかな?」

「かしこまりました。では、すべてこちらにお任せするということで?」

「ああ、それでいーよ。全部任せるわ」

 あまりにも短すぎる面談だったが、本人にこだわりもなく、すべて任せるというのならば仕方ない。あたしたちは席を立ちあがり、その場を立ち去ることにした。

「それでは食事は明日の夜20時と言うことでよろしいですか?」

「ああ、わかった」

「それでは明日、仕込みもあるため、夕方17時くらいにお伺いします。台所を使わせていただくようになりますがかまいませんか?」

「ああ、いーよ。好きに使ってくれ」

「かしこまりました。それでは本日はこれで」

 そう言ってふりかえり、あたし達が瓜生さんの家を出ようとした時、「あ、ちょっとまって」瓜生さんがあたし達を呼び止めた。

「これってさ、何食べてもタダなんだよね」

「はい。これは献体いただいた遺族の方に対する〝恩赦〟ですので、御代をいただくことはございません」

「だったらさ、せっかくなんで、とびきり贅沢なものを食わせてよ」

 

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