第20話 君なら、どう料理する?

 

 マンションを後にしたあたしたちは予定よりもずいぶん早くに終わってしまった面談に少しばかり時間をもてあましてしまった。すべて任せると言われても何をすればいいのかもわからないあたしたちはとりあえず近くの喫茶店に入り、そこで明日の料理を相談することになった。

 改めて監理局から送られてきた資料に目を通して、瓜生さんと故人について調べてみる。

 

 今回のゲスト、瓜生照実は18歳のニート。父、瓜生和幸は生前小さいながらもイタリア雑貨の輸入、販売を行う会社、アルジェを立ち上げ、わずかばかりの財を成した。その頃に知美と言う女性と一度目の結婚をして、瓜生照実を出産した。その時点で10年後、両親のどちらかが食料として献体されることになるのだが、その時点で両親の間でどちらが献体になるかは決められていなかった。しかし、照実が生まれて間もないころ、母知美は突然姿をくらませた。近年、こういった出来事は特に珍しいことではない。子供が欲しいと言って出産こそしたものの、自分が献体になることが怖くなって姿を消す者は特に珍しいことではない。両親のうち片方がいなくなった場合、必然的のもう片方が献体になることは言うまでもない。つまり、瓜生家の場合、こういったいきさつで必然的に父、和幸が献体となった。今から八年前、照実が10歳の時の出来事である。

 しかし、父、和幸は再婚をしていた。もしかすると自分が献体の後、10歳で孤児となる息子のことを気遣ってのことなのかもしれない。その時の再婚相手、亜由美が今回の故人である。照実が8歳、再婚相手のその時亜由美はまだ若干19歳だった。当時夜の仕事をしていた亜由美は自身が働くそのお店で瓜生和幸と出会い、二人はたちまち恋に落ち結婚したという。添付された資料を見る限りでも、この亜由美と言う女性はとても美しい女性だ。

 しかし結婚生活は短く、二年後には父和幸は献体となり食料となった。生前に会社は売却されており、そのわずかな遺産で血の繋がっていない母子、照実と亜由美は二人で暮らすこととなった。しかし、それもつかの間、いつまでも続くわけのないわずかばかりの遺産に不安を抱いていた亜由美は知識がないにもかかわらず、いわれるがままに資産運用を試みてその大半を失ってしまった。貧しい生活を余儀なくされた母子が再びまっとうな生活をするために、亜由美は再び仕事をするよりほかに道はなかった。とはいえ、他にこれと言った特技のなかった亜由美が仕事として選んだ仕事はやはり以前と同じ夜の仕事だった。

亜由美は財産を失ったことに対し、自分の責任だと感じており、夜通し働きその生活を支えた。必然、まだ幼かった照実は日中ひとりで過ごし、義理の母亜由美と顔を合わせることができるのは、亜由美が仕事から帰宅した朝の時間だけだった。

そんな生活が約八年間続き、息子照実が高校を卒業したのがつい先日のこと。しかし照実はは進学もしなければ就職さえまったくする気配を見せなかった。そんな矢先、突然母、亜由美は自らを献体すると当局に連絡を入れてきた。

 ――人間の肉は高額で取引される。

 母、亜由美の献体のおかげで、息子照実にはまだしばらくの間仕事をせずに暮らしていけるだけの恩賞金が与えられるようになる。

 おおよそこれが、管理局からの資料から読み取った瓜生家のいきさつだ。

「こ、これってあまりにも……」

 それから先の言葉は、口にするとあまりにも残酷なことのように思え、言葉にして発することはできなかった。これではまるで、遺産を失ってしまったお詫びに、義理の息子が楽をして過ごすお金をつくために自分の体で弁償したみたいではないか。にもかかわらず、あの照実と言う息子の態度は一体なんだというのだ。血もつながっていない母親がその身を犠牲にしているにもかかわらず、まるで感謝している様子もない。それを考えると、あの照実と言う子に対し、腹が立って仕方がない。

「ところで堂嶋さんは、どんな料理を作るのか考えはあるんですか」

「さすがにね、ただ贅沢なものが食べたいと言うだけだし、この資料を読んだくらいでは何がいいのか判断しかねるね。香里奈君ならどんな料理を作る?」

「そうですね。あたしなら、骨付きのすね肉を赤ワインで煮込んだ料理にするかもですね」

「ほう、それはまたどうして?」

「すね肉って、ナイフとフォークだとどうしても食べにくいじゃないですか。だからどうしてもその肉にかじりつくようになるでしょ? すねを齧って生きていくあの子にはお似合いじゃないかしら。それに煮込み料理なら骨の髄までエキスとして出てくるから、まさに骨の髄まで絞りつくすと言った感じです」

「なるほど。確かにわからないでもないかな。ところで牧瀬君、もしかして随分腹を立てている?」

「もしかしなくても腹を立てています」

「まあ、気持ちがわからなくもないが、単純に判断するのはどうかと思う。もう少し、いろいろ調べてから料理を決めた方がいいと思う」

「調べてからと言われても……本人が何も言おうとしないので、この資料から推測するしかありませんよ」

「まあ、どうせまだ時間はあるんだ。ちょっと寄ってみようじゃないか」

 堂嶋さんはそう言って席を立った。いったいどこへ寄ろうというのだろうか。

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