第13話 芹沢家のディナー
夕方の四時。芹沢家のいつもの夕食時間だ。決して広いとは言えないダイニングに遺族五人が全員そろう。自宅ではあるが、皆一同によそ行きのドレスに身を包んでいる。今日は特別な、お祝いの日なのだ。先にこの世を旅立った先祖と、一つになるという行事。
一昔前まではこういう席では喪服を着るのが当然だったらしい。しかし、現在の習慣では喪服を着るのはお葬式まで。先祖の食事会はハレの日として祝うべきとされ、今ではドレスアップが通常だ。おそらくは政府がこの食人習慣を肯定させるためであり、また、遺族がその席で請け負うべき贖罪を和らげるためでもあるのだと思われる。
あたし達は出来上がった料理を配膳し、食事の開始とともに席を外す。人肉調理師の仕事はあくまで人肉の調理であり、食事を見守るという義務はない。むしろ、その場に入るべきではないと堂嶋さんは言っていた。その食事は単なる食事と言うわけではなく、一族にとって儀礼的な食事でもあるし、故人との最後のお別れ(あるいは統合)の場でもある。部外者がいたのでは話にくい会話だってあるかもしれない。
あたし達はダイニングの隣の部屋の、台所へ移動して食事が終わるのを待つことになる。なにか給仕の用があるかもしれないので遠くへ行くわけにはいかない。離れた部屋のガラス越しにその食事の様子をうかがう。皆は今、そこでどんな会話を交わしているのだろうか。聞きたい気持ちもあるが、彼らにも守られるべきプライバシーだってある。家族が団らんで食事をする風景を眺め、思いをはせる。あたしには、ああやって一緒に団らんする家族すらいたことがない。そこでいったいどんな会話がなされるのかなんて、想像すらできなかった。
孫のアネットちゃんがスプーンを置いて、両手で指の燻製をスープ皿から掴み取る。しばらく見つめて、それからその指を口元へと運ぶ。アネットちゃんの小さな歯で挟まれた指肉はとても柔らかそうに、すっとほぐれて骨から身が剥がれる。アネットちゃんはしっかりと味わうように奥歯でかみしめる。「頭をポンポン撫でてくれるのがとっても好き」と言っていたその手の小指を、アネットちゃんはしっかりとかみしめ、しっかりと味わう。その瞳に、じわりと涙がにじむ。アネットちゃんはそれを必死で耐えようとするが、やはりどうにも耐えきれられず泣き出してしまったようだ。家族はそんなアネットちゃんをなだめる。きっとほかの家族だって本当は泣きたいんじゃないだろうか? そんなことも考えてみる。あたしには家族はいないのではっきりとは言えないが、やはりどんな理屈をつけようと家族を失うことは悲しいことで、涙を我慢するにはきっととてもしんどいことなのだろうと思う。それが小さな女の子ならなおのことだ。でも、どんな人も死から逃れることはできない。だからもっとも前向きな手段でそれを乗り越えなければならないのだ。おそらくこの食事会にはそういった儀式の意味が込められているのだろう。
ポン。と、後ろからあたしの肩に手が置かれた。堂嶋さんの手だ。あまりにも食事の風景を凝視してしまっていたあたしを咎めるためのものだろう。でも、大きくて温かい手だった。あたしは振り返り、芹沢家の食風景から目を反らした。
台所の対角線まで移動し、今のうちに簡単に食事をとっておくことにする。
余分に焼いたパンと、多めに作っておいたサラダ。当然、ポトフはない。
サラダは申し分なくおいしかった。あたしの腕がいいわけじゃない。野菜の質がいいのだ。ほとんど手の加えられていない生野菜のサラダにコックの実力はあまり関係しない。しかし、ライ麦の田舎パンもとてもいい出来だった。いつもとは違う環境で作ったパンだったが、その環境に応じて上手く対応できていた。
「今日のパンは今までの中で一番出来がいい」
と、堂嶋さんも褒めてくれた。少し照れくさかった。照れくさいついでに、ちょっとばかり調子に乗ってみた。
「そ、その……そういう時は、そうやってほめる時は……頭をぽんぽんしてくれると……嬉しいです……」
「はあ?」
「だめ……ですか?」
「い、いや、別に……だめでは……ないけれど……」
「じゃ、じゃあ……おねがいします……」
「やれやれ」と、堂嶋さんは小さくつぶやいた。少し照れくさそうではあったが、それなりになれた手つきで頭を撫でてくれた。大きな手で、ごつごつしていた。それは家族のいないあたしには初めての体験で、アネットちゃんが言うほどそれほどいいものだとは思えなかった。
でも……なんだろう? 少しだけ、胸の奥がざわついた。
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