第12話 味見をする

 あたしの目の前に用意されたのは……先程濾されたばかりの黄金のスープ。味見用の小さな器に少量注がれ、あたしの目の前に置かれた。どこまでも透明で蜂蜜のように美しい黄金色。こつんとテーブルに置かれた振動で器の中に波紋が広がり、器の淵にぶつかり跳ね返ってくる。その波が再び次の波とぶつかり、中心と外側へと向かう二つの波に変わる。その波の重なりこそがその味わいのハーモニーであり……と、言うか……これだけ?

「あ、あの……こんなことを聞くのは差し出がましいと思うのですが…… その……指の燻製の方は味見……できませんよね?」

「ははははは」と、声を出さずに笑う堂嶋さん。「ゲストは五人。指も五本だからね。さすがにそれは無理があるな。でも大丈夫。そのスープにはしっかりと指のうまみが溶けだしている。それだけでなく、野菜のうまみもすべてそのスープのために作られたようなものだ。それさえ味わえばすべてがわかるさ」

「は、はい……」

 とは、言いつつも。なんだか少しだけ騙されているような気がする。

 味見用の皿を手に持ち、顔に近づける。それほど調味料を加えた様子もなかったが、とてもスパイシーな香りがした。器に口をつけてすする。

 一瞬で、世界に色が添えられるような気がした。それはとても普通のポトフのスープとは違うものだった。スパイシーで少しの酸味、それのとても深いコクがある。そのコクの正体が燻製によるものなのか、アイラモルトによるものなのか、あるいはそれこそが人肉の出せるうまみなのか、経験の浅いあたしには上手く判断ができない。しかし、言うなればそれはそれらすべての複合であり、辛みや酸味、うま味とも違う味、人間味と言うものなのかもしれない。

アベルさんは癖の強い、頑固な性格だったと遺族の人は言っていた。その通り、このスープの味わいこそはまさにその通りだと言えるだろう。とても個性的でコクの強い、他に例のない味わいだと言える。

そして、器によそわれてから時間が経っているというにも関わらず、その温かさは喉元を過ぎても冷めることなく、たった一口で体全体を暖めてくれた。まるでアベルさんのその大きな手で抱きしめられたような、物理的ではない温かさを感じた。あたしが今まで味わったことのない、家族の暖かさ。そのスープは、その暖かさを秘めている。


――ひとは、たった一口味わっただけの料理で感動して涙を流すことだってあるのだ。その経験がある人間は、それだけでとても幸福な人生だと言えるだろう。

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