第7話 霊長類における食糧利用に関する法規


 ――霊長類における食料利用に関する法規――。通称『食人法』が制定されたのは今から約二十年前のこと。ちょうどあたしがこの世に生を受けたのと同じ年だ。

 紀元前八千年に五百万人だった世界の人口は西暦一九二七年に二〇億人を突破した。

 約一万年かけてようやく二十億の人口が増えたのだ。それからわずか八十年余りでその人口は七〇億を超えるようになる。一度増え始めた人口はとどまるところを知らない。ましてや食物連鎖の頂点に立つ人類がこのまま増え続けるようであれば、それだけの数を賄うだけの資源はおろか、食料を確保する事さえ難しくなる。それはこれまでの推移を計算すればわかるとおり、それほど遠い未来の話ではなかった。七十億を超えてから三十年もしないうちにその数は倍の一四〇億を超えるだろう。これは、地球で賄える食料の限界を超えている。人類は取り急ぎこの問題に着手する必要があった。

 が、人類がその事実を受け入れるには時間が少なすぎた。人類の滅亡はもう目の前である。人類は恒久的な繁栄を維持するために、もはや手段を選んでいる余裕はなかった。

 いわゆる食人法はそういった背景の中から生まれた最後の手段であり、希望だった。

 人類が来たる共食いによる無差別殺人を犯さないため、人を人としての尊厳を与えたうえで食料とし、且つ、速やかに人口を減らすための法律。

 まず、最も重要な点は人口を速やかに減らすということ。しかしまた、子を産み育てるという権利を人類から奪うことは許されない。しかし、その権利を与えたまま子を産むことに対しリスクを負わせるということは認められる。かつて中国が人口爆発を抑えるために子を産み、育てようとする者に重税を課した、いわゆる『一人っ子政策』のように。

 しかし、現在の人類はすでにこの方法ではたちいかない状況にあった。つまり、もっと高いリスクを負わせる必要があるということ。


 命を産むものは、命を失うリスクを課せられるということだ。


 もう一つの問題。食糧が不足しているという問題だ。つまり、足りないなら何かで補わなければならないということであり、増え続けて困っているものと言えば人類くらいだ。つまり、人肉を食すほど効率のいいものはない。しかし、そんなことが倫理的に許されるはずもない。ましてや食料とするために人類を栽培するなどということは決してあってはならないことだ。

 せめて食料とする人類に対し、人としての尊厳を守り、そのうえで食す必要があった。これは大変重要な問題であり、慎重を計って政府が管理しなければならないことだ。

 更にはこの人類を食すという選択をとることにより、万にひとつと言う状況に対し、全員で飢え死にするのではなく、共食いによる人類の保存の意識を芽生えさせるという目的があった。

 これらのことを踏まえ、国連とFAOとの合意によって打ち立てられた法案『食人法』が、世界基準として採択されるようになった。それは、簡単にまとめると次のようなことになる。



 子供を産んだ場合、その一〇年後。子供に最低限の自意識が芽生えるようになった頃に、子を儲けた両親のいずれかがその身を食料として献体することとなる。


 人間の死亡が確認された場合、速やかにその遺体は政府により処理、保存管理され、食料として再利用される。



 死後、食料再利用として政府が買い付けを行った遺体は解剖され、病巣などに犯された部分がないかを確認、切除を行い、食料として保存される。

 人肉はとても貴重で、一部富裕層の間で高値で取引される。それに従い遺族も遺体を国に献体することで多額の褒賞を得られるのだ。これは、人肉がそれだけ価値のあるもので、誰もが食べたい憧れの食材であることを認識させる狙いもある。

 そして遺体を献体した遺族にはその恩赦として、その遺体の希望部位を一か所だけ食する権利が与えられる。それに伴い、国家資格である人肉調理師の資格を持つ国家公務員の料理人が遺族の家(あるいは調理、食事の可能な施設)にうかがい、遺族の意見を踏まえつつ、料理として提供するサービスが始まった。


 それがあたしの職業、人肉調理師(見習い)だ。

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