第5話 あたしとセックスしたかったんですか


 芹沢家を出たあたし達は一度、自家用車で町へと向かう。料理に必要な材料があれば調達し、ホテルに一泊する。下ごしらえが必要な場合はその職業が持つ特別権利でホテルは調理場の一部を利用させてくれる。

 堂嶋さんはその内容を詳しくあたしに教えてくれないが、おそらくある程度のイメージは固まっていたのだろう。芹沢家を出て間もなく市の遺体管理施設に連絡を入れ、希望の部位を申告していた。少しばかり折り合いがつかないらしくしばらく揉めていたようだがどうにか話はまとまったようだ。

 今回町で堂嶋さんが調達したものは、アウトドアショップで購入した小型の七輪と桜のスモークチップだけだった。どうやら燻製をつくるつもりらしい。もちろんこれらは経費で賄える。国家公務員である我々の経費と言うのはもちろん国民の税金であり、なるべくなら無駄遣いはしない方がいい。

 最低限の調理道具と調味料とは持ち歩いてはいるが、今回のように遠方に出向く場合となれば、現地で打ち合わせの上料理のメニューを決めるこの業界では、すべての物を持ち歩いているわけでもなく、こうして現地で調達しないといけない場合もある。

 ホテルに到着したあたしたちはその足でホテルの調理場へと向かう。七輪は今日使う必要が無いらしく、車に積んだままにしてある。今からすぐに準備するべき仕事はないらしいが、明日の朝、早朝にこのホテルの厨房に遺体管理局からの荷物が届くようになっているし、明日の朝、厨房の一角を借りて仕込み作業を行うことになる。事前いそのことを料理長に伝えておく必要があった。


 改めてホテルのフロントへとまわり、チェックインの手続きを堂嶋さんが行う。そこは地方のホテルで立派なホテル。とまでは言いにくいが、単なるビジネスホテルよりはワンランク上のホテルだ。こんなホテルにチェックインしようとしているあたしと堂島さんは、知らない人から見れば夫婦で旅行に来ているように見えるのだろうか。いや、それにしては少しばかり年が離れすぎている。となると愛人とのお忍び旅行に見えるかもしれない。そんなことを考えながら周りを見てみると、だんだん全てのお客さんが愛人との不倫旅行に見えてきたりもする。これで露天風呂でもあるホテルなら最高なのになと考えてみたりする。

 そんなところへ堂嶋さんが少々困り果てたような顔でこちらへと歩み寄ってくる。

 あたしはそれを特に気にしていないと言いたげな、すました態度で待ち構えるのは、そうすれば周りの人から不倫旅行に見えるかもしれないと思ったからだ。

「申し訳ない。どうやら手違いで一部屋しか抑えられていなかったようだ。他に空いている部屋もないらしいので、僕は今からほかの宿を捜しに行く。香里奈君はここで宿泊してくれ」

 そう言ってフロントから受け取った鍵をあたしに渡し、そのまま玄関へ向かって歩き始める。

 一瞬、何が起きているのか把握できていなかったあたしは戸惑ってしまったが、事の次第に気づき、急いで堂嶋さんを呼びとめる。

「ま、待ってください! 今から部屋を捜すなんて、そんなの無理です。それに……

 それに部屋が一部屋しか取れてないって、手違いでも何でもありません。予約の電話を入れたのはあたしなんですから!」

「え……」

 立ち止まり、上半身をひねってあたしを見下ろす堂嶋さん。少し驚いた表情。

「だめ……でしたか?」

「い、いや……だめと言うよりは……」

「ほら、堂嶋さん。経費はなるべく節約した方がいいっていつも言っているじゃないですか。税金なんだからって…… すいません、気が付きませんでした。やっぱり、一人の方が落ち着いて寝られますよね……」

「い、いや、そういうことではなくて…… ぼ、僕は男であって、君は若い女性だ」

「そ、それだと、何か問題があるんですか?」

「な、ないわけがない……」

「別に同じベッドで寝ようって話じゃないんですよ。予約したのはツインベッドです」

「し、しかし、男女が一つの部屋で寝るというのは……」

「それ、考え方古いと思います。堂嶋さんは食人法以前の生まれなのであんまり感覚がないかもしれませんが、あたし達食人法以降の世代ではあんまりそういう感覚はないですよ。なにも男女間の関係がセックスでのみつながっていると考えているのは古い考え方だと思います」

「セ、セック……だけって……」

「はい。あたしたちの世代ではそれほどセックスしたいって思っている人、少ないですよ……まだ、死にたくありませんし、リスク高すぎです!」

「い、い、いや、こ、声が……」

「あ、それとも堂嶋さん、あたしとセックスしたかったんですか?」

「い、いや、そういうわけじゃ……」

「じゃあ、問題ないと思います。今日は堂嶋さんもこのホテルに泊まりましょう」

「あ、ああ、か、香里奈君がそういうのなら……」

 そう言ってどうにか堂嶋さんを引き留め、同じ部屋に入ったが、やはり堂嶋さんは始終落ち着かないようだ。まだ時間は少し早いが、部屋にることに耐えられないのかすぐに食事に行くことにした。ホテル内にあるレストランで簡単な食事をとることにした。これと言ってたいした注文をしたわけでもなかったが、食後に料理長がわざわざテーブルまで挨拶に出てきた。先程厨房にあいさつに行ったので料理長はあたし達が人肉調理師だと知っている。だからわざわざ挨拶に出てきたのだろう。人肉調理師はすべてのコックの中でもエリート中のエリートだ。大きな高級リゾートホテルなんかではフリーの人肉調理師を雇っていて、人肉料理を提供するホテルもあるが、一般のホテルではなかなかそこまでのサービスは提供できない。そうなればやはり人肉調理師は彼らからすれば憧れの存在なのかもしれない。料理長は髪の毛も大半が白くなり、同じく立派なひげを蓄えた老齢な人物だった。それでも眼光はとても鋭く、おそらく厨房内でもそれなりに怖れられてはいるのだろう。しかし、自分よりはるかに年下である堂嶋さんに対してとても敬意を払っているように思われた。


 部屋に入り、室内に備え付けシャワーで汗を流した。まず堂嶋さんが先に浴びて、それからあたしがシャワーを浴びた。室内は暖房がとてもよく効いていて、シャワーで暖まったせいもあり、部屋では少しリラックスするためにコットンシャツ一枚で過ごした。もちろん、下着はつけている。しかし、堂嶋さんはそんなあたしの姿を見るなり、申し訳なさそうに部屋の隅っこの方で壁に向かって過ごすという始末だ。

男女が一つの部屋に入るとセックスしなきゃいけないものだと考えているらしい。


 ――まったく。これだから二〇世紀生まれは……

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