第43話 イルの異変?
「ママ……」
「え……イル?」
僕に馬乗りになっている何者か。
真っ暗で顔は見えなかったが、その声は確かにイルのものだった。
イルは僕のことを何度か呼んだ後に、段々と息を荒くしながらゆっくりと倒れ込んでくる。
倒れて来たイルを受け止めようとして彼女の背中に手を回すと、イルも僕の首に腕を回し、抱き返してきた。
「どこか、具合が悪いんですか?」
「ん……はぁ……ううん」
微かに首を横に振り、どこも悪くないという反応を見せるイル。
明らかに息が荒く、体も少し熱がこもっているような気がする。
しかしそれから一、二分ほどでどちらも治まり、五分後にはまたすやすやと寝息を立て始めていた。
ウルも隣で寝ている状態だったが、僕はあえてイルをどけようとはせず、安心して眠れるように背中をさすってあげることにする。
そうしているうちに僕も再び眠りに落ちていくのだった。
◇
翌朝。
僕が目を覚ますと、とても可愛らしいケモミミ幼女×2の顔が目の前に映り込んできた。
「わっ!?」
「「ママー、おはよぉー」」
「お、おはようございます。イル、ウル」
元気に朝の挨拶をしてきた二人におかしな様子はない。
イルの顔色も良かったのでひとまずは安心した。でも一応は聞いておいた方がいいだろう。
「イル。夜中は大丈夫でしたか?」
「よなか? なんのこと?」
「イルがなにかしたの?」
「あれ……覚えてないんですか」
「うん」
何か悪いことをしてしまったのではないかと思ったのだろう。コクリと頷いたイルの表情には不安の色が強く表れている。
僕はイルの不安を取り除いてあげようと、優しく頭をなでてあげながら口を開いた。
「そんな顔をしなくても、何も悪いことはしていませんよ。ただ少し熱っぽかったので聞いてみただけです。元気なら問題ありません」
「げんき。だいじょぶ」
「それはよかったです」
「ママ、ウルもなでなでして!」
「はいはい」
まあ、姉妹の片方だけというのも確かに不公平である。
ウルも同じように頭をなでてあげると、ふさふさの尻尾を振り、とてもご満悦の様子であった。
ちなみに枕元でスフィがプルプルと笑いをこらえていたが、突っ込んだら負けだと思ったので放っておいた。
それから僕はベッドから立ち上がり、着替えを始めようとしたところで、ある重要な事に気が付く。
「イル、ウル。二人とも着替え……替えの服なんて持ってませんよね」
「? うん」
「きのうのだけ。ほかにもってない」
「ふむ……少し待っていてください」
「「はーい」」
昨日の入浴時に、二人が着ていたボロ布同然のワンピースは処分してしまったのだ。
今はギルドに置いてあったガウン型の寝間着を貸してもらっている状態なので、何かしら着替えを用意してあげなくてはならなかった。
二人を待たせて僕が急ぎ早に駆け込んだのは、三階にあるネリスの部屋。
二人の身長はネリスとそこまで変わらないため、今日だけは彼女の服を貸してもらうことにした。
そうしてなんとか二人の着替えを見繕い、一階で朝食を済ませていつものようにお店の扉を開く。
するとそこには、ネリスに無理やり起こされているレイルさんの姿があった。まあ、これもいつもの光景なのだが。
「レイルさん、明日も起きなかったらいい加減刺すよ!」
「物騒なこと言うなよ!? 朝は弱いんだって」
「気合で何とかして! ホラ髪ぼっさぼさだよ、これで梳かして、さっさと! はい!」
「へいへい……ん」
「お、おはようございます。レイルさん」
「「おはよーございます」」
「おぉ、おはよう。オレは洗面所いってくらあ――ふぁーあ……」
大口を開けてあくびをしながら、レイルさんは二階にある洗面所へ向かって行った。
「ネリス。毎朝ありがとうございます。着替え助かりました」
「いいってことよ~! それにしてもレイルさん、一応監視役だってこと絶対忘れてるよね~」
「あ、あはは……確かに」
名ばかりの監視役ではあるものの、確かに彼は僕が何か起こさないかを見張る役目もあるのだ。(すでに起こしてしまったが)
本来ならば僕よりも早く起きていなければならない立場の彼が、一番起床が遅いのは問題である。
苦笑いと共に相づちを返すと、ネリスは肩をすくめてから視線をイルとウルに切り替える。
借りた服がどうだったか見るためだろう。
二着ともネリスがいつも着ている物と同じで、セーラー服なるものをモデルにしている上下でワンセットの服だ。
今までワンピースしか着ていなかった二人は、着慣れない服装で少々落ち着かない様子である。特にウルは上のサイズが合っていないのでへそ出し状態になっており、両手で剥き出しの腹部を抑えていた。
「うんうん。二人とも可愛いね~!」
「かわいー?」
「でも、ちょっとおむねがきつい」
「イルはぴったし」
「よし、ウルちゃんにはもう絶対貸さない」
「?」
満面の笑みを浮かべつつも、ネリスからは嫉妬のオーラが溢れ出ていた。
ウルや。その言葉はアカン。
昨日お風呂でも似たようなことがあったであろう……て、わかんないか。
「ね、ネリス。落ち着いてください」
「ルティアちゃんはわたしに喧嘩を売ってるのかなぁ?」
「ダメだ逆効果になってる!!」
両の目をギラつかせ、構えた手を無気味に動かしながら迫り寄ってくる様はまさしく不審者のそれ。
思わず後ずさってしまい、こんな状態のネリスをどう鎮めたものかと若干の焦りを覚えた……その時。
「ママを、いじめるな」
「ママに、てをだしたら……ゆるさない」
「っ!?!?!?」
僕に手をあげようとして怒っていたということに、ネリス、そして僕自身もぎょっとしてしまった。
あまりにも本気すぎる殺気に、ネリスは慌てて二人の気をなんとか戻そうと必死になった。
「じょっ! じょじょ冗談だって~! ルティアちゃんには何もしないから安心して? ね?」
「「むぅ……」」
姉妹はぷくっと頬を膨らませながらも、僕から手を引いたことで殺気を収めてくれた。
しかし僕を守ろうとしたのか、直後に勢いよく抱き着いてくる二人。
視線だけはネリスを睨みつけているあたり、やはりまだ警戒しているようである。
そこでネリスは目先の問題に目を向けて、二人のご機嫌取りをしようと試みた。
「そ、それよりも二人とも、服買いに行こうよ~。わたしのおごりでいいから!」
「ネリス!? 流石に全部驕りは……僕も出しますよ」
「じゃあ半分こ。さっきの謝罪も含めてね」
「……ではそれで」
謝罪というのは、姉妹が怒ったことなのか、はたまた胸に対する反応のことなのか。元はといえばネリスの嫉妬心? からくるものだったにせよ、姉妹を怒らせてしまったのには僕にも非がある。
むしろ日ごろから世話になっている分、半分出してもらうのも気が引けるくらいなのだが……まあ、今はこれでいいだろう。
僕の返事の後、ネリスは引き続き警戒している姉妹に歩み寄った。
「どんなお洋服がいいかな? 希望はある?」
「「……ママといっしょが、いい」」
「ワオ。凄まじいまでのママっ子だ」
「えぇぇ……」
正直ここまでとは思っていなかったので、僕もびっくりしている。
イルとウルには両親はもちろん、知人すらもいない。
ずっと森の中で二人きりだった分、僕の存在は思っている以上に大きなものなのかもしれない。
「ふむふむ。エプロンドレスってことでいいのかな。じゃあ寝坊助なレイルさんには留守を頼んでおいて、さっそく行ってみようか!」
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