第42話 愛しき子

「はい。二人ともこのわっかを腕にはめてください」

「? うん」

「ママ、これなに?」

「二人の強さを測ってくれる腕輪です。知っておいた方がなにかと便利かと思いまして。怖いものではありませんので、安心してください」

「「わかった」」


 一足先に浴場から店内へ戻って来た僕は、レイルさんから一発拳をもらい、痛みと共にすっかり女性としての生活に馴染んでいた自分を戒めた。

 その後戻って来たネリスに頼んで、例の腕輪を二人分用意してもらったのだ。


 イルとウルは初めて見る道具に少しの警戒と好奇心を思わせながらも、僕の言った通りに腕輪をはめる。

 腕輪の上に黒い窓が投影され、二人の能力値が浮かび上がった。


『 Name:イル

  Race:魔獣人 Sex:♀

   体力:C(B)   俊敏性:C(B)

   魔力:D    幸運値:A

   筋力:D(A)   総合値:B

  特殊能力等:魔物化可能

  備考:()内は魔物変化時の能力値   』


『 Name:ウル

  Race:魔獣人 Sex:♀

   体力:D(B)   俊敏性:C(B)

   魔力:B    幸運値:A

   筋力:E(C)   総合値:B

  特殊能力等:魔物化可能

  備考:()内は魔物変化時の能力値   』


「魔獣人?」

「意味は分かるが、初めて見る種族名だな……ん? どうしたルティア」

「……っ! い、いえ。なんでもないです」


 二人の能力値を見た僕は、いつの間にか顔が引きつっていた。

 魔物化しなければ、ウルの魔力値が高めな以外は普通の女の子だ。が……どうしても一つだけ見逃せない項目があった。

 そう、幸運値である。


 Aなのだ。

 他はいたって普通の女の子だというのに、なぜか幸運値だけ二人ともAなのだ。

 これは偶然か?

 やっぱり僕を食べてその恩寵が影響を及ぼしているのでは?

 それでもって、イルとウルに宿らなかった残りの恩寵が世界にばらまかれたのでは?

 考えすぎかもしれないが、考えずにはいられない。

 というかAっておかしい気がする。

 確かに極度の飢餓状態を運よく脱したり、訪れた町でも間一髪のところで純潔を守りぬいたり、やたらと言語を習得するのが早かったり、更にはちゃんと僕の元へたどり着いたりと、彼女たちはかなり運が良いのはわかる。

 だがそれでAはおかしくないか。そもそもそれほど幸運値が高かったら、そう何度も窮地に陥ったりしないだろう。

 あれか? いざとなった時にだけ発揮するタイプだったりとか?

 うーん……わからん。


 そこ、今自分の管轄だろとか思っただろう。

 僕の力は世界に対して及ぼす物。個人の運勢まで把握しきれやしないのだ。


「幸運値Aって、店に置いといたらご利益あるかもな!」

「レイルさん、燃やしますよ?」

「ッ……冗談だっての!!」


 ピンポイントで幸運値そこを突いてきたレイルさんに少しばかりカチンと来た僕は、彼を本気で睨みつけながら燃やしますよと言った。

 幸運値を弄られるだけならそこまで頭には来ないと思うのだが、なぜだかものすごく頭にきた。


「それよりルティア、この後どうするんだ? 依頼を探しに行くとしても、下手に二人を連れて行くわけにもいかんだろう」

「面倒を見ると言った以上、置いていくこともできないですよ。危険な仕事に行くということは今のところほとんどありませんし。それに、二人は狩りをして生きて来たんですよ。ある程度戦う術も持っているでしょう」

「かり! いくの!?」


 僕の口から狩りという言葉が出て来た途端、イルが僕の腕をつかんではしゃぎだした。どうやら狩りが好きならしい。

 一方のウルは、僕の手をぶんぶんと振り回すイルを止め、半ば呆れた顔をしながら口を開いた。


「ママがいったの、もしものはなし。こまってるでしょ。おとなしくして」

「えー」

「えーじゃない。おすわり!」

「ひゃいっ」


 ウルがお座りを命じた途端、イルがその場に正座をしてみせた。

 まさかのやり取りに、僕たち三人は思わず目を奪われてしまう。

 まるで飼い主であるかのようなウルの言葉はもちろんだが、先ほどまで双子らしい息ピッタリの反応を見せていた姉妹が、突然主従関係のようなやり取りをし始めたことに頭がついて行かなかったのだ。


「ウ、ウル? 気にしていませんからそのくらいに……」

「だめ。イル、すぐにちょうしのる。もりのどうぶついなくなったの、イルがかりしすぎたせい。だからだめ」

「……ごめんなさい」


 イルとウルが生まれ育った西の森。

 そこの動物たちは、イルが過剰な狩りを続けたせいでいなくなってしまったと、ウルはそう言いたいらしい。

 過去の教訓をしっかり活かして生活していた結果、ウルのお座りに逆らえなくなってしまったとのことだった。


 狩りにせよ何にせよ、何事もやりすぎは良くないことだ。それは抑止やお説教もしかり。僕はイルをしかりつけているウルの肩に手を置き、できるだけ優しい口調で言い聞かせようと試みた。


「ウル。気持ちは分かりますが、好きな気持ちまで否定してはいけませんよ。イルは狩りが好きなんです。森のことはイルに責任があるかもしれませんが、好きな事をやっちゃダメと言われるのは、とても辛い事なんです。何事もほどほどにです。それは叱ることも含まれますよ」

「ママ……うん、わかった」

「ウルおこられたー!」

「イル。調子に乗らない。そういうところですよ」

「う゛……ごめんなさい」


 どうやら、イルは思っている以上におてんば娘らしい。

 能力値が物理方面に優れているのも納得だ。


 イルをしかりつけながらそんなことを思っていると、何やら周りから視線を感じることに気が付いた。

 ソファに腰かけているレイルさんやネリスの方を振り向いてみると、なぜだか二人ともゆるゆるの表情を僕に向けていた。事もあろうかスフィも同じような目で僕を見ているのが不思議でならない。


「ど、どうかしました?」

「いや~、なんだか本当のお母さんみたいだな~って」

「っ!?」

「フフっ……似合ってるわよ」

「余計なお世話ですっ!!」


 ああもう、どうしてこうなるのか!

 確かに傍から見たらそうみえちゃうかもしれないけども!

 だってしょうがないじゃない。面倒見るって決めたんだもの!

 ああ、スフィが若干悪い顔してるのがすごく気になる……。


「はぁ……これは割り切るしかないんでしょうか……」

「諦めろルティア。そればかりはどうにもならん」

「レイルさんまで敵にまわった……!」

「ははははは」

「笑い事じゃないですよぉ」

「ママ、元気ない?」

「イル、よしよししてあげよ」

「うん」


 がっくりと膝を落とした僕の背中を、イルとウルの小さくぷにっとした手が

優しく撫でてくる。

 周りからの母親扱いは非常に遺憾でありながらも、二人の健気さに心癒されてしまう僕なのだった。


 結局この後は依頼掲示板クエストボードを見に行かずに、イルとウルに町の案内をしつつ、お世話になっている人に紹介をして回ることになった。

 北門からぐるっと町の中を回っていき、最後は墓地に寄ってゴート襲撃事件時の慰霊碑に祈りを捧げた。

 これは僕の我が儘。自身の失敗を絶対に忘れないようにするため、そしてあわよくば、次の人生が良き者でありますようにという願いも込めて祈りたいと、最後の最後に寄らせてもらったのだ。


 そうして戻る頃には日も落ち始め、この日は解散となった。

 夕食を済ませた後、店で寝泊まりをしているレイルさんと別れ、イルとウルの姉妹は僕の部屋で夜を共にする。

 ベッドの真ん中に僕が寝ると、姉妹が両脇からぎゅっと僕の体を抱きしめてきた。


 まるで本当の家族になったかのような、不思議な幸福感に包まれながらゆっくりと意識を手放していった――――数時間後。


「……っ?」


 真夜中の時間帯。

 下腹部に妙な重量感を感じて目を覚ましてみると、何者かが僕の上に馬乗りになっていた。

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