第41話 裸の付き合い
「イルちゃーん、ウルちゃーん、おいで~」
「「いや」」
「こわくないよ~」
「「や」」
「あはははは……」
ファルム冒険者ギルド兼酒場一階、浴場……前の脱衣所。
ネリスが浴場入り口の前で手招きをするも、狼姉妹は部屋の隅でうずくまってしまってきてくれない。
服を脱いだまではよかったものの、風呂だと分かった瞬間に凄まじい拒否反応をおこしてみせたのである。
まあ、元が元だし風呂嫌いなのは仕方がない。
なんとか煤だけでも洗い流しておきたいが、隅っこで互いに体を寄せ合い、手をつないで怯えている姿はそれはそれで愛らしいものだ。
僕が三人のやり取りを見てそんなことを思っていると、脱衣所の出入り口からひょっこりと顔を出したスフィが呆れ顔でこちらに声をかけてくる。
「やめてあげなさいよ。しつこいと嫌われるわよ」
「スフィも来ます?」
「噛まれたいの!?」
「なんでもないです」
僕が何でもないと返事を返す直前に、スフィは「ふんっ」と顔を引っ込めてどこかへ行ってしまった。
「うぬう、困ったな~。このままではわたしのカンペキプランが水の泡に……」
「オレが力ずくでいれるか」
「レイルさんはあっちいってて!」
「レイルさんはあっちいっててください!」
「なぬっ!?」
というかレイルさんはいつの間についてきていたのか。
スフィと同じように顔だけをのぞかせていたのだが、僕とネリスが声を合わせてお帰り願った。
レイルさんはなんだか納得がいかない様子で戻っていったが、女性の脱衣現場を覗いている方が悪いのである。
しかしこのままだと埒が明かないのもまた事実……。
強硬手段に出ることもまたやむなしか。
「はぁ……仕方ありません。できればこういった手は使いたくないのですが……イル、ウル」
「「?」」
僕は姉妹の名を呼ぶと、二人の目の前まで歩み寄りながら右手に杖を生成する。
そして杖にはめ込まれている地水火風の水晶の内、水の水晶へ魔力を送り、先端部分に人の顔一つ分程度の水玉を発生させた。
何をしているのかと不思議そうにこちらを見つめているイルとウル。僕は二人の目の前に水玉付きの杖を突きだすと、見下ろすように睨みつけつつ、出来る限り声を低くして言った。
「二人とも……正直臭いですよ? こないというのなら、僕がこの魔術で――」
「「ひぃっ!?」」
互いの手を硬く握りなおしつつも、体を大きくびくつかせるイルとウル。
僕個人としては、思っていたよりも怖くならなかった……というか声が高くなってしまい、女声の限界をひしひしと感じてしまったのだが、結果オーライである。
「いくっ! いくうー!」
「いくから、ゆるしてー!!」
僕の魔術で強引に洗われるか、仲良く入浴するか。
この二択を迫られたイルとウルは、一目散に浴場へと走っていく。
説得さえできればよかったのだが、少々怖がらせすぎてしまっただろうか。
そう思いながら杖と魔術を解除したところで、またスフィがちらりと顔を出してきた。
「……サイテー」
この一言を残し、またとことことどこかへ去っていくスフィ。
じとっとした目で言われた最低の一言は、中々心にくるものがある……スフィにとってあの姉妹は風呂嫌いで獣な者同士。格下の存在と言えども、同情していたのだろう。
僕は嫌いなことを強制してしまうことへの苦しみを胸に、若干足取りを重くして浴場へ向かって行った。
◇
「ふおぉぉぉぉ……」
「なにこれ、きもちい」
全員が浴場に張ったところで、僕がウルの、ネリスがイルの頭をそれぞれ洗ってあげた。
尻尾を振り、思っていたよりも楽しそうにしてくれている二人を見て、心に負った傷も早くも全快である。
「気に入ってくれたようで何よりです」
「むうー、それはわたしのセリフだぞー……ぞー…………むぅ……」
「ネリス?」
イルの頭を洗っているはずのネリスが、何故か僕とウルのことをじっと見つめてきている。
しかも大きく目を見開いて、ぷっくりと頬を膨らませている……何か変なことをしてしまっただろうか?
「きょ、胸囲の格差社会とはこのことか……」
「えっ」
「「??」」
ああ、よくよく見てみると胸のあたりをガン見していらっしゃる。
イルとウルはネリスよりも年下であるが、絶壁のようなイルに対して、ウルは十分大きいと言えるくらいには膨らんでいるのだ。
自分より年下の子に負けているのだから、嫉妬するのも無理はない。
二人はネリスの言葉を理解していないようだし、ここは僕が声をかけてあげないと。
「ね、ネリスも育ち盛りですから! きっと大きくなりますよ!」
「今日はもうルティアちゃんとは口をきかない!」
「なんでですか!?」
「つーん」
……フォローしたつもりが逆に怒らせてしまったらしい。
いや、よくよく思えば今のは僕の失言か。
そういえば僕も今はネリスよりだいぶ……というかウルよりも胸が大きい。
そりゃあ、そんなのに慰めの言葉をもらっても煽り文句にしかならないわけで……って、あれ?
そういえば何かおかしい気がする。
今まで気にしていなかったけれど、急に違和感というか、何か大事なことを見失っているような……。
「……っ!! そ、そうだ……」
僕はなんでこの状況を自然に受け入れているんだ!
なんでこんな自然に女の子と風呂に入っているんだ!!
僕は男だ!
男なんだぞ……!
そりゃあ、確かにネリスと一緒に入浴することはよくある。自分の体を自分で洗うことにももう抵抗はそれほど無い。……それか!?
そのせいで感覚がマヒしていたのか!?
僕は神だ。だが神である以前に男だ。男であれば、女湯に夢を抱くことだってもちろんある! あったはずだ!
なのに……それなのに、こんな男の夢的展開に何も感じないほどになってしまっているとは!
しかもさっき、僕はネリスと共に覗くなと言ってレイルさんを退散させた。それとこれとはまた別の問題かもしれないが、同じ男としてさぞ納得がいかなかったことだろう。
「僕は……僕は何を……っ!」
「「ママー?」」
「ぬおぉぉぉ……」
無垢な姉妹から発せられるママという単語が胸に刺さる。
手足を床につかせ、がっくりと身体が項垂れると、今度は自分自身の胸部が作り出した谷間が視界に入り、余計に心的ダメージが蓄積された。
「あ、あれ……ルティアちゃん?」
「ぐぬぬぬぬ……」
「そんなにショックだったっ!? 嬉しいけどごめんね!? ね? 口聞いてあげるから~!」
ああ、何も知らないネリスの勘違いのやさしさでさえもが、痛く心に突き刺さる。
このままではダメだ。
もっと意志を強く持たなければ……あとせめてもの償いに、レイルさんに一発殴ってもらおう。
そっとそう心に誓った僕なのでした。
◇
Lutia店内。
「いーなー、フォルトのやつ」
ソファに大の字になって広く腰掛け、レイルは今の心境をため息混じりに吐露していた。
「今頃は美幼女三人に囲まれてキャッキャウフフと……はぁ」
レイルは所謂ロリコンである。ネリスとはケンカばかりであるが、実は内心まんざらでもなかったりする感じのロリコンである。
そして人並みに性欲もある。
そんな彼にとって、今ルティアが置かれている状況は羨ましいことこの上ない。
元男ではあるものの、今はれっきとした女性であるルティアにとってみれば、同性であるネリスやイル、ウル姉妹と入浴をするのは普通のこと。
そうは分かっていながらも、内心の羨ましいと言う感情は増大していくばかり。
「オレもいきたかったなぁ……はぁ……いっそのこと、オレも女にならねえかなぁ……」
実際に女になった当事者のことなど露知らず。
欲望と下心に正直なレイルのつぶやきは、むなしく部屋の中に響くだけ。
「サイテー……」
そうしてまた、タイミング悪く店内へ戻って来たスフィが、下々の民の愚かさを心からの言葉で表していたのだった。
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