第44話 初歩的なミス
顔を洗ってきたレイルさんに留守を押し付け、僕とネリス、狼姉妹とおまけにスフィの四人プラス一匹は、ファルムの街へと出てきていた。
ゴートたちの襲撃を受けてから早四か月。
まだ町を歩けば当時の傷跡が見られる場所も少なくなく、襲撃前ほどの賑わいも無くなってしまったものの、道行く人々の表情は皆明るく力強い。
あれだけのことがあったというのに、活気を忘れずに前を見続ける。
そんな人の強さに歓心を得ていた半面、目的地に近づいていた僕の足は重くなっていく。
そしてその場所――イルとウルの服を見繕いにやってきたファッション店を前にして、ぴたりと動きを停止した。
「ぼ……僕はここで待ってますから。三人で行ってきてください」
「えー! なんで!?」
「……慣れないんですよ、こういうお店……」
比較的被害の少なかった中央市街の一角。
そこに立つ一件の店は、男女両用のファッション店であるものの、女性客の方が圧倒的に多い。
元々この手の趣向は女性の方がということもあるが、現在ファルムに在住している男性の多くは町の復興に従事している。衣服などすぐに汚れてしまうため、そこに金をかけること自体が非効率なのである。
それでもって、客が少なければ必然的に男性服のコーナーは委縮して、女性向けコーナーが目立つようになっていく。
そのような店となると、どうにも僕個人としては近寄りがたいのだ。
加えて、ファッション店ということは懸念がもう一つあるが……。
まあ、僕の心情など肩で嘲笑しているスフィはともかく、ネリスや狼姉妹にわかるはずもない。
ないが故の残酷な未来が、僕を待ち受けていた。
「慣れてないなら慣れればよし! レッツゴー!」
「ヒエッ!?」
「「ごー!」」
ネリスが僕の腕を掴み、姉妹が僕の背中をずいずいと押す。
無理やり引きはがすこともできない僕は、為す術もなく店内へ引きずり込まれていくのだった。
◇
残酷な未来かと思いきや、店に入ってからは案外早く事が進んだ。
僕の懸念――試着室まで連れていかれて、色々着飾られてしまうのではというソレも杞憂に終わってくれた。
それもこれも、今回はあくまでイルとウルの衣服を見繕うことがメインであったというのが大きいだろう。
ネリスが真っ先に店員さんの元まで行って希望を伝えると、ものの一分足らずで二着のメイド風エプロンドレスを手に戻ってきた。
赤と青で一対になっているそれは、微妙に僕が持っているものとデザインが違う。しかしイルとウルは大層気に入ってくれた様子で、その二着を即決。店内で着替えも済まして意気揚々と店を後にしたのだ。
「毎度ありー! 今後とも『すしや。ファルム中央店』をよろしくたのんますよー、聖女様!」
「……あ、はい」
「今度は同じ物ばかり着てるルティアちゃんのお洒落研究会かな~」
「あら。いいわねそれ」
「勘弁してください!!」
こういうときだけ意気投合するスフィとネリス。
ああ、やっぱり杞憂なんてことはなかったらしい。
店員さんには申し訳ないが、僕は少しでもこの場を早く離れようと姉妹の手を引き、足を速める。
格好が格好なだけあってか、行きよりも道行く人の視線を多く感じた気がするが、それはこの際些細な問題である。
足早に自分の店まで戻ってくると、真っ先にお茶を淹れて一息つこうと試みた。
「はぁ……なんだかどっと疲れた気がします。何もしてないのに」
「お疲れ。こっちも相変わらず何も無しだ」
「……それはそれで気疲れしそうです」
「何か、もっと客寄せできる工夫をしねえといけないのかもなぁ」
「ですかねぇ……」
もう少し時間がたてば、また少しずつ依頼人が増えてくるかもしれない。
とはいえ、それまで待っていてはいつまでたっても僕の目的は進んでいかない。
実のところ、僕もレイルさんも店を経営していた経験などない素人だ。
客寄せといっても、一体どうしたらいいものか。
二人で腕を組んで悩んでいるそのさまを、イルとウルは疑問の目で見つめてくる。
そんな装いも新たにした狼姉妹にレイルさんがちらりと目を向けると、何かを思いついたらしく、僕に言った。
「メイド……売りにできねえかな」
「え゛」
「ほら。狼姉妹もメイド服だろ。ルティアもメイド服だろ。メイドさんつったら奉仕する側の象徴みたいなもんだ。何かこう、そこをちょちょいと活かして……」
「そのちょちょいの部分は?」
「…………」
「ダメじゃないですか」
言いたいことは分からなくもないが、具体案がなければ意味がないのである。
僕もレイルさんの案で何かいい物がないか考えてはみるものの、とても僕の店で使えそうな案はでてこない。
考えつかなかったわけじゃないが、その……店の趣旨が変わってしまうようなものしか思いうかばなかった。
僕は人助けがしたいのであって、ご主人様を迎え入れたいわけではないのだ。
小難しい表情で頭を抱えている僕たち。
イルとウルも退屈しておしゃべりを始めた頃。ネリスがテーブルの上に肘を載せ、乗り出してくるような形で話に入ってきた。
「ねえ二人とも。ちょっと気になったんだけど」
「「?」」
「掲示板、ちゃんと使ってる?」
「「……けいじばん???」」
僕とレイルさんが声を合わせ、首を傾げた。
これを見たネリスは、何か良くないものを見たかのように顔を歪ませる。その頬には一筋の汗が落ち、ごくりと唾を飲み込んだ。
「ま、まさか……宣伝って口頭だけで済ませてたの?」
「? そうですが」
「……すごいね……聖女様効果」
良くないものを見た顔が、驚愕と感心、そして呆れが入り混じった何とも言えないものへと変貌していく。
それから頭を抱えたネリスは、僕たち二人が見落としていた、本当は見落としようもない初歩的なソレを指摘して見せた。
「はぁ……教えてなかったわたしも悪いかもしれないけどさ、宣伝ポスターとかチラシとか。その辺全く用意してなかったんだね……」
「「…………あ゛」」
「うん。作ろうか」
にっこりと、満面の笑みを浮かべたネリスからは、ある種の殺気のようなものさえ感じてしまった。
口頭での宣伝も大事だが、それにはどうしても限界がある。
実際口コミでかなり広く知れ渡りはしたものの、どんな店なのかということは知らない人の割合が多かった。
それをしっかりと文面として表現でき、恒常的に宣伝をすることができる掲示板を使わない手はない。
なんでこんな当たり前のことをしていなかったのか。なんで今の今までそれに気が付きもしなかったのか。
……本当、ぐうの音も出ません。
僕らはイルとウルの手も借りて、大急ぎで宣伝ポスターの製作に取り掛かった。
僕とレイルさん、そしてイルとウルの四人でどんなデザインにするかを考え、ネリスは町の要所要所にある掲示板への掲示許可を求めに走る。
そうして苦節一週間。
レイルさんの発想であった『奉仕の象徴であるメイド』に加え、僕の(誠に遺憾ながら)通り名である『聖女』。新たに加わった『狼姉妹』。そして一番肝心な『お悩み相談』を前面に押し出したポスターが、都市内の各掲示板に貼りだされることになったのである。
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