第38話 忘れ形見★
「暇です」
「暇だな」
「暇だね~」
『Lutia』店内のソファにだらりと身体を任せ、僕たちは声を揃えて現状を呟く。
店を開いてから一か月が経過した。
初めはもう行列のできるなんでも相談所といった感じに大忙しだったのだが……幸の盃も、二杯目があと少しのところで打ち止めになってしまっている。
どうしてこうなった。
「こう言うと悪いかもしれないですが……皆さん、意外と満たされてるんですねぇ」
「それはルティアちゃんの働きも大きいと思うよ~。事件直後の献身的な君を見て、復旧現場の士気はかなり高い状態で維持されていたし、そのおかげで作業の方も想定の倍以上の速さで進んでる。不満や不便が無い訳じゃない。でも今はファルム復興っていう皆で成し遂げる目標があるから、それに向かって突き進んでいける。充実してるんだよ」
「そういうもんか……ま、いい事ではあるが」
「何よりあちこち必死に駆けまわるルティアちゃんも可愛いかったし! 皆もう癒されまくりなのさ~!」
「……そういうのはいいです」
確かに今の僕の外見は客観的に見てかなりいい方だとは思うが……嬉しくはない。
これでも中身は700年来の男なのだ。
ネリスといいスフィといい、やたらとその辺を弄ってくるのは勘弁願いたい。
「むうー。ルティアちゃんはもっと自分に自信を持っていいと思うんだけどな~」
「そういうんじゃないんですけどね……」
「えー? だってルティアちゃん、君町の皆からなんていわれてるか知ってる?」
「…………はい? なんですか、それ」
あれ、なんだか嫌な予感がしてきたぞ?
「皆言ってるよ~! 誰だろうと困っていれば献身的に助けてくれる『聖女様』だって」
「「ぶふっ!?」」
向かい会って腰掛ける僕とレイルさんが、ネリスの爆弾発言に思わず拭いてしまった。
ま、まさかこの僕が聖女などと呼ばれる日がこようとは!
いやなんというか、その……神である以上聖なる存在であることは間違いないと思うのだが……凄まじく複雑な気分だ。
女性として扱われるのはこの際仕方がないこととして……今の僕、そんな風に見えるの?
「み、身の振り方は気を付けないといけないですね……」
「えー! 今のままでいいのに~!! 何ならもっと着飾ってもいいと思うよ!」
「それは断固としてお断りします!!」
「「えー!!」」
着飾ると言う言葉に反応したのだろう。
テーブルで退屈そうにしていたスフィがネリスと一緒に叫びだした。
ちなみに僕の服装は、基本的にレイルさんを迎えに行ったときと同じシンプルな物か、一番数が多いメイド服のどちらかである。
一応メイド服よりもシンプルで動きやすそうなものはあるにはあるのだが、どうにも新しいものに手を付ける気になれないでいた。
変な事をしたら無理やり着飾られそうな気がしてならないのだ。
「というかネリス、しょっちゅうここに来てますけど、ご自分の仕事は大丈夫なんですか?」
「天才ネリスさんに抜かりはないのだ」
「はあ……」
「お仕事はあとで一気に片づける質なのでね!」
「ダメじゃないですか」
完全にダメなやつだよそれ。
後々なんでやらなかっらんだって毎回後悔するやつ。
「僕が言うのもなんですけど、ちゃんと仕事してくださいよギルドマスター」
「びえーっ、燃えちゃった書類の補填大変だったんだよぉ~! 大目に見てよ~!」
「っ……そ、それを出すのは卑怯です……」
「完全に弱み握られてんなぁ」
「自業自得よ」
襲撃事件でのことを持ち出され、強く出られなかった僕に若干呆れ気味なレイルさんとスフィ。
特にスフィの言葉が痛い。
事件が起こった原因に関しては庇ってくれたものの、ここまで悪化したのは僕が逃げ出したところが大きい。そこを引き合いに出されると本当に頭が上がらないのである。
「しっかしなんだ。このままボケっとしててもなあ……
「ですかねぇ」
現状、ファルムの冒険者ギルドで受けられる依頼は復興目的の力仕事が主であるが、それでも何もしないよりは行動を起こした方がいい。
僕が提案に合意を示すと、レイルさんは脱力気味だった体に鞭を打ち、ソファから体を持ち上げる。
彼に続いて僕も立ち上がると、スフィが僕の肩に乗って来た。
ネリスは……
「留守番はマカセテ☆」
テーブルに突っ伏しながら言ってくるそのセリフ。安心感ゼロである。
そこまでしてサボりたいのか……まあいい。彼女はこんなんでもれっきとしたギルドマスターだ。任せてと言った手前、もし誰か来ても適当なことはしないだろう。
僕はネリスに「お願いします」と短く残すと同時に、レイルさんがドアノブに手をかけた。
するとその時――コン。コン。コン。コン。と、四回の規則正しいノック音が部屋の中に鳴り響く。
「んっ? なんだ」
「お! お客さんですか!?」
「おー、まさかのタイミング。よかったね~出る前で」
ナイスタイミングとはこのことか。
誰かが来たからか、だらけていたネリスが体を起こし、ソファに座る姿勢を正していた。
僕も急いで扉の前に出て行くと、レイルさんの手で扉が開けられ、お待ちかねのお客さんを招き入れる。
「いらっしゃ――ん。こりゃあまた珍しいお客だ」
扉の向こうに立っていたのは、二人の獣人の少女だった。
犬っぽい耳と尻尾を持っているが、灰色を基軸とした毛からして狼の獣人だと思われる。見た目は十二、三歳くらい。
片方は若干やる気のなさそうなジト目が特徴的で、もう片方は丸く優し気な印象を受ける。それ以外は身長や胸元まで伸びた髪、そしてボロボロのワンピースを着用しているところまですべてが一緒……あ、でも優し気な方の子の方が少し胸が大きい。
見た限りは、おそらく双子というやつなのだと思う。
体中煤まみれだし、この辺では見ない顔だ。町の外で何かがあって、僕たちのところに来たのだろうか。
僕はレイルさんの隣に立ち、歓迎のセリフと共にその質問を投げかけようとした。
が……僕が口を開くより早く、双子の獣人はいきなり僕に抱き着いてきて、まるで予想だにしない言葉を口にした。
「「やっと、みつけた……〝ママ〟」」
「「「…………はい????」」」
◇
「逃げられた、か……」
暗く灯り一つない洞くつの奥。
ゴートはその報告を受けて、一人次の策を考えていた。
「狼獣人の双子……彼女らは貴重なサンプルだ。今のうちに確保しておかねばまずい事になりかねない。さて、どう手を打とうか」
暗く何もない空間というのは、ゴートにとって一番集中力が高まる場所だ。視界の一切を封じることによって、思考力にのみ脳をフル活用することができるのだ。
フォルト神復活のためであればなんだってしてみせる。その覚悟を以って思案すること、早数時間。
真っ暗なその場所に、一つの灯火が近づいてくるのが見て取れた。
ゴートはそれを確認するや否や、一旦思考を停止し、迫りくる灯りの対応へ移る。
「何用かね」
「はっ! お忙しいところ失礼いたします。件の双子の行き先が分かりましたので、取り急ぎご報告に参りました!」
やってきたのは、松明を片手に持つ青年――ゴートの部下だった。
「ほう……! 続けたまえ」
「はっ! 姉妹は数時間ほど前に都市ファルムへ立ち入った模様。それで、その……」
「ルティア君のもとを訪れた……かね」
「は、はい!! その通りにございます!」
ズバリゴートに言い当てられた青年が、びくりと体を震わせた。
新たに追っていた重要サンプルがルティアと合流を図った。
それを聞いたゴートの表情は、誰から見ても恐怖を覚えるほどの悪い笑みを浮かべていた。
ほぼ真っ暗であるため青年からもよく見えてはいないが、大きく目を見開き、表情筋をひきつらせたそれは、想像するだけでも彼の体を震わせる。
「すばらしい……! これは先が楽しみだ。我らが神復活への大きな一歩となるやもしれない。ワタシ達も行こうではないか」
「はっ!」
◇
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