第39話 狼姉妹にご用心
「え、えっと。ママ? 僕が?」
「「うん」」
「ルティア、お前……」
「あわわわわわわ」
「レイルさん!? ネリス!? 何か今重大な誤解をしていませんか!?」
「そんなはずないわよ……ね?」
突然現れた双子の「ママ」発言によって、僕たち三人と一匹は完全に混乱状態に陥っていた。
勿論、言うまでもなく僕の子供ではない。
だが、ネリスよりも少し年下……おそらく12,3歳ほどと見える双子の姉妹は、これ以上にないくらい純真無垢な目をしていて、とても嘘をついているようには思えない。
「と、とりあえず……中へどうぞ」
ひとまず落ち着いて話をしようと、僕は双子の獣人を店の中に招き入れ、先ほどまで僕とネリスが座っていたソファに座らせた。
代わりにネリスが向かいのソファに座り直すと、僕がその隣に僕が座り、ソファの後ろにレイルさんが回って立つ。
「その、僕たちもまだ混乱してるんですけど……まずはお名前をお聞きしても?」
「あ……うん。あたしはウル」
「あたしはイル」
優しそうで胸が大きい方がウル。
キリっとしていて胸が小さい方がイル。
名乗ったのはウルが先だが、名前的にイルの方がお姉さんだろうか。
「ウルちゃんとイルちゃんか~。それで、ルティアちゃんがママっていうのはどういうことなのかな? ルティアちゃん本人に心当たりはない……んだよね?」
「なぜ疑問形なんですか……ないですよ。えっと、二人とも、人違いってことはないのでしょうか。そもそも種族も違いますし……」
僕の言葉を聞き、後ろのレイルさんから安どのため息が聞こえて来た。
僕が母親だと信じきっている二人の前でこんなことを言うのは残酷かもしれないが、違うものは違うとはっきり言わなければいけない。
だが一目見てハッキリと「ママ」だなんていうからには、きっと何かしら理由があるはずだ。
流石にこれだけで納得してくれるとは思えないし、ここは面倒事を避けるためにも詳しく話を――。
「そういわれると」
「じしん、なくしちゃう」
「「えぇぇ……」」
自信なくしちゃうのかぁ……。
ま、まあ本人から違うってハッキリ言われたら自信無くすのは分からなくもないが、そんなにあっさり認めちゃっていいのか。
しょんぼりと肩を落としている二人を見ていると、本当のことしか言っていないはずなのにこちらが悪いことをしたかのような気持ちになってくる。
僕は少し体を乗り出すと、二人の顔を覗き込むようにして言葉をかけた。
「イルさん、ウルさん。貴女たちの言葉を疑っているわけではないんです。どうして僕がママなのか、詳しくお話を聞かせていただいてもいいですか?」
「…………食べたの」
「え?」
「イルとウル。ママを食べて生まれた」
「…………」
「「「???????」」」
もうなんというか、何を言っているのか全く分からない。
完全にそんな空気だった。
イルウル姉妹は僕たちの反応に首をかしげているが、そうしたいのはこちらの方である。
僕を食べて生まれたって、僕どこも食べられてないんですけど!
五体満足でピンピンしてるんですけど!
少なくとも転生してからそんな経験はしていない!
というかもう
――――――ん?
「……あの、二人とも」
「「?」」
「もしかして、その……失礼な質問かもしれませんが……魔物ですか?」
「「うん」」
「「は!?」」
「……やっぱりですか」
ああ、間違いない。
この双子。イルとウルは
何の因果か、僕は今自分の仇を前にしているらしい。
気になるところはあるが、それしか考えられないだろう。
レイルさんとネリスは、僕の質問と双子からの返事に今日何度目かの驚愕を見せる。
僕の肩に乗るスフィは僕の質問で真相に気が付いたのか、もう呆れ顔であくびをしていた。
しかしそうとなるとこのまま話を進めるわけにもいかない。
これは幸運と幸福の神フォルトと、その死に関する重要な秘密だ。
レイルさんやネリスに聞かれては不味いことまで、彼女たちは知っている可能性もある。
ここは一旦、話しを聞く前に二人を連れだした方がいいか。
「レイルさん、ネリス。すみません、三人で話すことができてしまいましたので、部屋に連れて行ってもいいですか」
「え? で、でも今魔物っていわなかった!?」
「そうだぞ。その二人が本当に魔物だと言うのなら、このまま見過ごしておくわけにもいかん」
「っ……質問を間違えましたかね……」
「ばーか」
レイルさんの言う通りだ。
確認を取りたかったとはいえ、魔物ですかなんて安易に聞くものではなかった。
かといって他の質問をしようとしても、フォルトを食い殺したというヒントになってしまうようなものになるので、どうしようもなかったのだが。
スフィの罵倒にも言い返せない失敗。
これにどう対応したものかと頭を抱えたところに、真剣な顔をした姉妹が口を開いた。
「……だいじょうぶ」
「なにもしない。それはやくそくする」
かなり真剣な表情で言う姉妹に対し、レイルさんとネリスもはっきりダメだとは言わなかった。
ナイスなフォローをしてくれた娘(仮)に続き、僕も二人を説得しようと試みる。
「お願いします。この二人はちゃんと会話ができますし、心配はいりません。もし何かありましたら責任は僕が持ちます」
「……そこまでか」
「珍しく強く出るね~。そんなに言うのであればわたしは止めないよ」
「! ありがとうございます!」
「でも、部屋に連れて行くのはダメ。わたしとレイルさんが出て行くから、それで我慢してね。ルティアちゃんのフィールドはここだよ。お店で生まれた問題はお店の中で。ね!」
「あ! は、はいっ」
僕の返事を聞いたネリスはよしよしと頷くと、後ろに立っているレイルさんの背中を押し、部屋の外へと姿を消していく。
レイルさんは少々不安そうではあったものの、ネリスが一緒ならまあ盗み聞きとかも大丈夫だろう。喧嘩さえしなければ。
……それはそれで心配だ。
何とか切り抜けた窮地に安堵しつつも、新たな不安の種を頭の片隅に抱えることになってしまった。
だがそれはそれ、今はやるべきことをしなければ。
あらためて狼姉妹に向き会った僕は、早速情報の共有を試みることにした。
「おまたせしました。早速ですが、えっとウルさん」
「ウル、でいい」
「え?」
「イルも、イルがいい」
「……あ、はい」
呼び捨てにしろと。
まあいいけど。
「じゃ、じゃあウル。今から僕の質問に答えてください」
「うん。わかった」
僕の問いかけに、ウルは快く頷いてくれた。
イルではなくウルを指名したのは、先ほどからウルの方が多少詳しく話してくれているからだ。イルが説明できていないところをウルが補填してくれている。若干舌足らずなところがあるが、十分会話はできるだろう。
二人そろって頭に生えている狼耳をピンと立てている様子は、汚れを知らない目も相まって何ともかわいらしい。
僕は自分を殺した相手にほっこりさせられながら、質問を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます