第37話 はじめの一歩


「宗教団体か……そいつはマジで厄介な相手だな」


 本当に、厄介どころの騒ぎではない。

 レイルさんは知らないから厄介な相手で済むかもしれないが、僕にとっては沽券どころか、存在そのものを揺るがしかねない大問題だ。

 神が存在する上で信仰は必要不可欠な物。彼らのような団体は、例え歪んでいてもその心を強く持っている。これが敵対し、下さねばならない相手になってしまうと……下手したら死ぬ。そこまでは行かないと信じたいが、死ぬかもしれない。もう死んだけど。


「これは本気で面倒なことになってきましたよ……」


 そもそも、何故彼らが僕の死を知っているのかという疑問がある。

 よほど勘のいいシャーマンがいたか、何か判別できるようなものを誰かが有しているのか。

 あるいは……あまり考えたくはないが、更に裏で糸を引いている輩がいるのか。

 いずれにせよ、やっていることはフォルト神復活とは全く逆のこと。

 栄えている町を滅ぼしたって、僕の力が戻るなんてことはあり得ない。

 ああもう、余計な仕事を増やしてくれる。


「ま、あくまで仮定。今は深く考えても仕方ないでしょ」


 面倒臭すぎる問題に直面し、空気が重くなって来たところで、スフィがあくまでまだ仮定の話であることを念押しする。

 そして僕の膝から降りると、机に置いてある幸の盃の隣へ移動した。


「奴らの言葉を信じるわけじゃないけど、しばらくはルティア。あなたの動向を追うとも言っていた。変に警戒しても敵を煽るだけよ。私たちは私たちのやるべきことをやっていきましょ」

「はい……そうですね」


 早急に対処したいところではあるが、ゴート達が今どこにいるのかもわからないし、手がかりもない。

 僕のことを追ってくるというのであれば、向こうが動きを見せるのを待っているほかないか。また後手に回るのは癪だが、必ず僕に接触してくる機会はあるはずだ。

 今はその時が来るまで、スフィの言う通りやるべきことをやるだけだ。


「うし! そうと決まれば今やれることは限られてくるな!」


 レイルさんが胡坐をかいている自身の膝をパチンと叩き、勢いよく立ち上がった。


「町の復興の手伝いと、あとは炊き出し。ついでに店の宣伝といこうぜ!」




 ◇



 ボロボロになってしまった町の復興を手伝いつつ、店の宣伝をして回る。

 そうと決まった僕たちは、ファルムのあちこちをとにかく走り回っていた。

 北門をはじめ、壊れてしまった家屋の修理・修繕。

 避難住民たちの仮住居の確保や食料調達など、朝から晩まで動き回った。

 特に僕の魔術がかなり役に立ったことで、休む間もなく引っ張りだことなっていた。


 というのも、僕の土の魔術を使うことで、穴が空いてしまったところや燃えてしまった部分を補うことができる。そのため多くの家屋が一応は使用できるようになることがわかったのだ。

 無から有を生み出すことはできないが、幸いにも町にはドラゴンの残骸である土くれが山ほどあった。だからこれらを再利用することで、片付けもできて一石二鳥である。

 まさに嬉しい悲鳴というやつだが、おかげさまで休む暇がほとんどない。

 まあでも、流石に全焼してしまったところは直せないため、そこは本格的な修理を待つしかない。そちらの本格的な力仕事はレイルさんに回ってもらった。


 魔術で家を直し、食事時には炊き出しに参加。最後に自分たちも食事を済ませ、また家を直しに行く。

 この繰り返しをしていくうちにルティアの名は各所に広まり、気が付けば町中の人々から認知されるようになっていた。

 それでもって、この活動が功を成したのか、いつの間にか幸の盃も一回目の満杯を迎え、幸運値がGからFへ上がった。

 今回の件で上がったのは個人的には複雑な思いがあるものの、ひとまずは一歩前進と言ったところだろうか。



 そんなこんなで、せわしなく動き回る日々が続き――早三カ月が経過した頃。



「やっと……ですね」


 修繕作業がひと段落し、宣伝も十分にすることができた。

 時刻は朝の九時五十五分。僕とレイルさん、そしてスフィの二人と一匹は、お店となる部屋で時を待つ。

 ようやく満を持して、この後十時から僕たちの店が始まろうとしていたのだ。


「気が付けばもう冬よ。ちょっと時間かかりすぎじゃないの?」

「そういわないでくださいよ。一応前進はしてるんですから」


 社長机の上に寝転がっているスフィの文句に、僕は二杯目が七割ほど貯まりつつある幸の盃を差し出して言った。

 机の前のソファに座っているレイルさんは、僕たちのやり取りを首をかしげて見守っている。


 開店まであと五分足らず。

 こんな会話をしつつも、僕の心臓は緊張でバクバクと大きく脈打っている。

 同時に心配になってきて、誰も来なかったらどうしようとか思い始めていたその時。


 ネリスが窓の外からひょこりと顔を出してきた。


「外凄い列だよ~! 今日一日じゃ絶対無理!!」

「おお!! 本当ですか! ――って、それはそれでどうなんですか!?」

「絶対冷やかしも沢山いるでしょ。ソレ」


 誰も来なかったらという心配は杞憂だったらしい。

 でもあんまり来られてもそれはそれで困る! どれだけ悩みだらけなんだよ!

 まあ、スフィが言った通り冷やかしばっかりでも困ると言えば困るのだが……これは別の意味で不安になってくる。


「まあいいんじゃないか。何はともあれ、お前が頼られてるってことさ!」

「まあ……そうなんですかね」

「何すんなり納得してるの! 死活問題だっていうのに、冷やかしの相手してる暇なんてないのよ!」

「ぬ? 金ならこの三カ月で大分稼いだろう」

「アンタは黙ってなさいよ耳長!!」


 レイルさんはきっと、死活問題という言葉を勘違いしたんだろう。

 スフィの言う死活問題とは、受けるべき仕事が受けられなくなり、幸の盃の進捗が遅れることだ。


「仲がいいのは喜ばしいネ」

「誰がこんな亜人風情と仲いいですって!?」

「お? なんだ、可愛い顔して宣戦布告か?」

「まぁまぁ二人とも落ち着いてください! ネリスも変なこと言わないでくださいよお」


 ネリスの仲がいい発言に反発したスフィと、スフィの亜人風情という発言に反発するレイルさんが火花を散らそうとしていた。

 流石に今この状況でそんなことをするのはやめてほしいと止めに入ったが……なんでネリスはニヤニヤしてるんですかね。

 ……まあいい、そんなことよりだ。


「そろそろ時間ですよ!」


 時刻はもう九時五十九分。

 いよいよ開店時間だ。


 僕がそれを告げると、さすがにレイルさんとスフィは互いに一歩引き、扉の方をじっと見つめに入る。


 僕は大きく深呼吸をして、ゆっくり扉の前まで歩いて行った。

 最初の一言――店の名前も含めたそれを、頭の中で何度も反復する。


 この三か月の活動の中で、店の名前だけはやはりなかなか決まらなかった。

 忙しかったのもあるが、本当にネーミングセンスと言うものを誰一人として持ち合わせていなかったのはかなり痛い。

 その僕たちが悩みに悩んで決めた、シンプルかつ、この町の人にとっては僕の店として一番わかりやすいもの。

 正直言ってかなり照れ臭いというか恥ずかしいところがあるのだが、これ以上は浮かばないと思って決定した、僕たちの拠点の名前。


 時間になるとともにドアノブを握り、外で待っているお客さんたちに向けて――僕は胸を張って、そのセリフを口にした。


「ようこそ、『Lutia』へ。さあ、あなたの悩みをお聞かせください!」

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