第15話 森の奥にて

「空き瓶? この形どこかで……」


 片手で握りやすいように設計されている先細りしたひし形の小ビン。

 中身はほぼ飲み干されていたが、一滴分だけ残っていた液体を見て、それが何なのかを理解した。


「ポーション……」

「お姉ちゃん、これが何かわかるの?」

「……嫌な予感がします。急ぎましょう」


 サレスの質問に答えず、僕は森の中へ足を踏み入れた。

 どうしてあんなところにポーションの空き瓶が落ちているのか。

 それは使う必要があったからだ。

 森から出て使ったということも考えられなくはないが、それだとわざわざ使う理由が薄い。平原に適性生物の危険はほとんどなく、よほどの理由が無い限り無駄遣いでしかない。

 メアリスかどうかは分からないが、何者かがポーションを使って体力なり魔力なりを回復して森に入ったということは考え得る。

 それに……


「まさかとは思いますが……」


 ここは北門から出た先にある。

 そして僕がポーションを盗まれたのは、北門から入ってすぐのところだった。

 あまり人を疑いたくはないし、出来すぎているとは思う。

 だがどうにも、その考えが頭から離れなかった。

 メアリスが僕のポーションを盗んだ犯人で、依頼書に記載されている人物なのではないかと。


 もしそうだとしても、今は彼女を探し出すことが最優先。

 索敵は不得手で夜目もあまり利かないが、それでも精一杯目を凝らして前へ進む。

 するとしばらく……十五分ほど先に進んだところで、ふと何か光るものが視界に入った。


 暗い中に光るものがあれば、多くの人はそちらへ導かれていくだろう。

 僕はこの先に何かがあるとみて、光がある方へと急ぎ足を進める。

 木々の隙間から見えるその光は、森を進むほどに大きく、横に広がっていくようだった。

 そしてその光が近づいてくると、不意に強烈な臭いが鼻を突く。


 何かが焼け焦げているかのような、ツンと来る臭いだった。


「お姉ちゃん、この先……燃えてない?」

「ッ……!! 外から煙なんて見えませんでしたよ!?」

「お姉ちゃん!!」

「マズイですね……この先に村があると門兵さんが仰っていました! サレス君、もう自分で歩けますか」

「え……う、うん!! 急いで!!」

「はい!!」


 何なんだ今日は!

 不運不幸の連続で?

 何とか越えてきたと思ったら今度は火事現場か!

 一日でこれとか頭おかしいだろ!

 こんな調子で毎日来るとしたら、命がいくらあっても足りゃしない!


「〈魔杖〉。サレス君、行きましょう」


 不運に対する文句もほどほどに、僕はサレスを降ろして杖を生成する。

 空いた左手でしっかりとサレスの手を握りながら、燃え盛る炎へ向かって再び足を走らせた。

 それから増していく熱気の中を走っていくと、けものみちの先に小さな人影が佇んでいるのが見て取れた。


「お姉ちゃん!! お姉ちゃんだ!!」

「ちょっ、サレス君!?」


 メアリスらしき影を見たサレスは、辛抱ならずに僕の手を振りほどいて前に出て行ってしまった。

 距離としては二十メートルほどだが、このような場所では一瞬の油断が命取りになりかねない。できればじっとしていてほしかったのだが……まあ、致し方なしか。

 僕は僕でやれることをやるだけだ。


 周囲はかなり火の回りが早く、現状森や村がどういった状態になっているのかはここからではつかめない。

 少々派手になってしまうが、出し惜しみをしていられる状況ではなさそうだった。


 僕は杖の先端を足元に構え、魔力を送り始めた。

 まずは二人の、そして僕自身の安全を守るため――このあたり一帯を凍らせる。


「大地よ凍てつけ――〈大凍結ツンドラ〉!」


 杖に備えられた地水火風の結晶の内、水と風の結晶が光を帯び、魔術が発動する。

 杖の先端を中心にして発動した大凍結ツンドラの魔術は、辺り一帯をたちまち氷の大地へと変貌させる。

 地面はおろか木々に至るまで凍り付き、燃え盛る森が一瞬にして美しい銀世界へと変わり果てた。


「人体までは凍らないように加減しましたが……大丈夫そうですね」


 腰を抜かしているサレスとメアリスを確認した僕は、ほっと吐息を漏らしながら二人の元へ歩み寄る。


「な、ななななな……何、これ……」

「こ、これもお姉ちゃんがやったの……?」

「へ……あれ!? サレス!?」

「再会できて何よりです。お二人とも」

「……! あなたは……っ」


 メアリスが僕を見た途端に体を大きくびくつかせ、距離を取ろうとした。

 ところがしりもちをついている彼女は思うように動けず、サレスが不思議そうな顔で見るに終わった。

 メアリスの僕を見る目はどこか冷たいものを感じる。

 ……もしかしなくても、予想通りだったということか。

 修道服に身を包み、毎朝祈りを捧げてくれる子が、まさか盗みを働くなど信じたくはないが……。


「えっと、メアリスちゃんで間違いありませんか」

「っ……そう、です」

「お姉ちゃんが帰ってこないから、心配して一緒に来てくれたんだよ!」

「え……?」


 サレスの言葉を聞いて、メアリスは改めて僕を見上げる。

 今度は先までの冷たい目ではなく、驚きと困惑、それから罪悪感のようなものが入り混じったような、かなり複雑な表情を浮かべていた。


「……本当、ですか……?」

「はい。少なくとも今は、メアリスちゃんの身を守るために来ました」

「……今は、ですか」

「はい」

「お姉ちゃん?」


 「今は」という言葉を返してきたことで、ポーションの件は察しただろうことが伺えた。

 メアリスは少し目をそらした後、サレスの手を取り立ち上がる。

 覚悟を決めたのだろう。

 メアリスの表情に元気はなさそうだったが、この分なら逃げることはなさそうだ。

 まあ、これだけの魔術を見せたのであれば、逃げても無駄であることは目に見えているだろうし。

 それよりも、今は彼女たちを無事に帰すことの方が優先だ。


「それじゃ、町に帰りましょう。面倒なのと鉢合わせないうちに」

「あ、うん! ありがとうお姉ちゃん!」

「サレス君、ありがとうはまだ早いです」


 この子、冒険者証のこと本当に忘れてるんじゃないだろうか……?

 メアリスと再会できて元気百倍なサレスにそんな不安を覚えながらも、僕たちは急いで町までの帰路に就いた。




 ◇




 冒険者ギルド兼酒場三階・執務室。


「う~ん……どうしよう」


 ネリスは卓上に置かれた二枚の紙を前に、頭を悩ませていた。

 紙にはルティアの能力値が記されており、片方は幸運値と総合がおかしな表示になっているもの。

 もう片方がそれを解析したものである。

 その解析結果を前に、ネリスは大いに悩んでいた。


「う~~~~ん……う~~~~~~~ん…………どうしよぉ」


 通常、腕輪を使った計測には五段階の評価がなされるが、極々稀にそこに当てはまらないものが出てくる。

 それがSまたはSSと呼ばれる最高ランクなのだが……その真逆が出てきてしまったことに、ネリスはめちゃくちゃ頭を悩ませているのだ。

 五段階の最低ランクであるEは「ほぼ0に近い」場合にのみ出てくる最低も最低ランクなのだ。

 F以下。つまりマイナスなんて普通はありえないし、あってはならないものなのである。


 多くの場合、幸運値はCを記録するものである。更に英雄クラスとなればBやAであることが多い。

 だがしかし、ルティアの幸運値は見事にGランクを叩き出していた。

 魔力でSを記録した期待の新人が、あろうことか幸運値でマイナス点を出してきたのだ。これが何を意味するかと言えば……


「『災厄を招く』期待の新人……ううぅぅぅぅぅ……うがああああ」


 戦力としてはめちゃくちゃ惜しい!

 でもあの子をこのまま迎え入れたらこの町が消し飛びかねない!


 幸運値がマイナスであるということは、それほどに災厄を招きやすいということでもある。

 でも自分で招き入れた手前、やっぱ入れられないじゃすまされないのだ。


 だからネリスは悩んでいる!!


「わたしは……わたしは…………………………」


 悩んで……



「………………」



 悩んで…………



「……………………」



 悩んで………………



「…………………………はぁ」



 悩んで……………………?




「そんときゃそんときか~」



 開き直ったのであった。

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